二回目のお祭りへようこそ
前日はよく眠れなかった。やらなきゃいけないことは頭でぐるぐるしているのに、結局何も対策を打たないままこの日を迎えてしまった。今日はお祭りの日だ。そして、この町の存亡がかかっている日でもあった。
午前十時。花音が神社に到着した頃には、それは完成しつつあった。
「藤沢!おはよう!見てよこれ!私たちの汗と涙の結晶の道具たちだよ」
「それは大袈裟でしょ」
先日学校で作った天幕や小道具、「しゃてき」の四文字などは今朝早くに明希と瀧、それに近所のおじさんたちが協力して神社まで運んでくれていたようだった。
「おはよう。藤沢。」
そんな話をしてると、明希がやってきた。
「あ、道具ありがとうね。あきくん。」
「なんか眠そうだな藤沢、今日が本番なんだから、ちゃんとやってくれよ〜?」
明希は笑顔でそういうと、おじさんたちに呼ばれて行ってしまった。
そこからは屋台の準備や最終調整をしたり、ちょっと他の屋台の様子を見に行ったりと特に何もなく過ごしていた。だが、前回と違うことが一つだけあった。
「ねえ藤沢、あれ高橋さんじゃない?」
咲が指差した向こうには、駄菓子屋のおばあちゃんの息子さんでお馴染みの高橋さんが神社の神主と雑談に興じていた。咲がタックルしなかったことにより少し行動が変わったのだろうか。高橋さんからは余った駄菓子をもらっているため、咲と花音は軽く挨拶をすることにした。
「お、君たちはオカルト研究会の子達だね?うちのお袋の残した駄菓子、人気出るといいなあ」
「はい!ありがとうございます!私たち頑張りますので!」
かつてタックルをした人、された人だとは思えないくらい楽しい会話が続いた。やがて陽が傾いていき、高橋さんは一度車でおばあちゃんの家に戻ってまた来ると言い残し行ってしまった。
やがて屋台が開店し、近所の子供達や明希のバスケットボールのチームメイトなどで賑わいを見せた。前回と同じだ。しばらく花音、明希、瀧の三人の店番が続いたところで鼻に綿飴の残骸をつけた咲とりんご飴を小さな口でチビチビと食べている由奈がようやく店に戻ってきた。
「お前ら遅いよー。俺たちだって祭り楽しみてえよ」
瀧が文句を垂れるも、それを全く無視して咲は花音に耳打ちした。
「今、行って来なよ。明希くんと二人で。」
やっぱりこのイベントが来たか。
「そんなお誘いをする勇気はないよねー」
「いや、ちょっと待って」
ここで何かを変えないと、またあの悲劇が起こるかもしれない。
「みんな聞いて」
咲、明希、由奈、瀧が花音の方を見る。
「一時間だけ屋台を閉めよう。私ね、五人で行きたいところがあるの」
咲はぽかーんと顔をした後、
「何言ってんのあんた?せっかく屋台出させてもらってるのに放置なんかしたら悪いし怒られちゃうよ」
由奈と瀧もその意見に賛成のようだった。
「で、でも!だけど…!私ね、どうしても…」
「そうか。じゃあ行こうか、五人でさ」
そう言ったのは明希だった。
「めんどくさがりの藤沢がここまで言うんだ。なんか考えがあるんだろう?それに高校最後の祭りを五人で回れないなんて、俺もちょっと寂しいしさ」
五人は顔を見合わせた後、咲は決断する。
「わかったよ。だけどちょっとだけだからね!?もうなるべく屋台空けたくないんだからさ」
由奈が不安そうな顔でこういう。
「だけどさ藤沢さん。どこに行きたいの…?」
花音は遠く向こうの暗闇を指差す。
「あっちに高台があるでしょう。あそこからの祭りの様子がとても綺麗だから、みんなで見に行きたいの!」
そんなのもちろん嘘だった。もしもまたあの悲劇が起きた時、高台まで逃げれば助かりそうだからそう言っただけだった。ただ景色を見に行きたい、なんて理由でこんな提案をしたわけではないことは薄々みんな勘付いていた。
「だけどさ藤沢。あの高台まで、バスで行かないと行けないよ?」
咲がそう言うと瀧も、
「あ、俺も今ICカード持ってきてないよ」
もう時間がない。
「わかった!みんなの分の電車代出すから!行こう!」
ここまで必死な花音を見ることはなかなかない。その熱意に推されて、五人はバス停へと向かった。
バス停には着いたが、お祭りの影響でバスの本数がとても少なくなっていた。お祭りへ来るためのバスを増便しているためだ。
「ありゃ。あと二十分は来ないぞこれ」
瀧が呆れた感じで言う。
「これ戻ってくるまでにお祭り終わっちゃわないよね?私たちの屋台まだ全然やってないよ?」
咲も珍しくなんか不服そうだ。お願いだ、もう少し耐えてくれ…!
その時だった。
『こちらは町役場です。只今、裏山の方で原因不明の山火事が発生しています。神社の方まで火の手が回る可能性がありますので、お祭りに参加されている方々は速やかに避難を開始してください。繰り返します………』
「え?何これ」
咲は少し驚いた顔をして言った。
「みんな。バスが来るのを待とう」
「お、おい藤沢。お前この事知ってたのか…?」
「いいから」
きっと彼らだって聞きたいことはたくさんあったはずだ。だけど、遠くから聞こえる喧騒と我々の間にある沈黙がそれを許さなかった。それからどのくらいの時間が経っただろう。明希がようやく口を開く。
「なあ、バス、来なくないか…?」
花音の背中に嫌な感覚が走った。考えてみれば、今から乗ろうとしていたバスは裏山の方から来るはず…
「みんな、走ろう!あの高台まで!」
「無茶だよ藤沢!バスでも三十分はかかるんだよ!?」
咲がネガティブなことを言うのは珍しい。
「いいから走って!」
花音のものすごい剣幕に負けた四人は、暗闇に向けて駆け出した。だが山道の多い田舎だ。体感の距離は実際のものよりも長く感じる。
「も、もう無理です…」
由奈が足を止めてしまった。元々彼女は運動神経が良くない。
「ねえ藤沢!もっとゆっくりでもいいんじゃない!?急にどうしちゃったのさ!」
咲は叫んだ。当たり前だが、この四人には今の切迫した状況が伝わっていないようだった。
「由奈!お願いだから、走って!お願い!」
花音はもはや涙を流しながらそう言ったが、限界の由奈には無理な相談だった。
「藤沢。由奈は私と後から行くから、瀧と明希くんと先に行きな」
「咲!そんなこと言わないで!咲を見殺しにはできない!」
見殺し、という言葉に四人は少しギョッとしたようだった。
「いいから、必ず追いつくから」
「必ずだよ」
花音は咲と拳と拳をぶつけ合うと、瀧、明希を連れて走り出す。やがて、瀧が違和感に気づき始める。
「なあ!お祭りからみんな避難してるはずなのに、誰も見かけないのはなんでなんだ?おかしいだろ!」
明希も返答をする。
「俺も思っていた!何で誰もいないんだ?」
その時だった。前から、火の手が回ってきた。
「どうしてだよ!俺たちは火事を背に走ってきただろ!」
三人は立ち止まるしかなかった。花音は震える手で、携帯電話を操作する。咲に電話をかけた。コール音が、何かのカウントダウンのように響いた。出ない。由奈にも電話をかけた。出ない。
「おい藤沢!瀧!こっちにまだ道がある!」
火が回っていない道を見つけ、三人は再び走り出した…
ドサッ
痛い!何が起きた?嘘でしょ…?まさか…。転んだ…?
膝から生暖かい血が滴っていくのを感じる。
「藤沢!大丈夫か!」
戻ってきちゃ、ダメ…!
「おい瀧!交代で抱えるぞ!」
「お、おう!」
ダメ…!そんな時間、ない…!
緋色に爛れていく景色を最後の記憶に、三人は抵抗する暇もなく終わりを迎えた。




