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第九十六話

(……ティッシュ?) 芝モエは、継人がテーブルの上に置いた「石」を見つめ、眉をひそめた。 継人は「これなんですけど」と確かに石を見せているつもりらしい。だが、モエの目には、くしゃくしゃになったポケットティッシュが置かれているようにしか見えない。 いや、よく見ると……。


ティッシュの真ん中あたりが、そこだけ何か物が置いてあるかのように、不自然に凹んでいる。 (……?) モエは、目を凝らす。 すると、その凹みのあたりに、ぼんやりと、陽炎のように何かの輪郭が見えるような……気がする。だが、やはりはっきりとは見えない。 (……見えない? 私に?)


「あの……モエさん?」 継人が、不思議そうにモエの顔を覗き込んできた。

「あ、ご、ごめん! ちょっと考え事してて。……ねえ、これ、触ってみてもいい?」

「え? ああ、はい。どうぞ」


モエは、人差し指で、ティッシュの上、石があると思われる空間に、そっと触れてみた。 ツルリ、とした硬い感触。 (……ある) 触れる感触はある。存在はしているらしい。だが、見えない。


(……これは、ヤバいヤツだ) モえは直感した。自分ですら、はっきりと認識できない代物。先日の「うわん」どころの騒ぎではない。 (これは、私の手に負えないな……)


「廻くん」 モエは、努めて平静を装い、笑顔を作った。

「この石、ちょっと……調べてみたいんだけど。少し、借りてもいいかな?」

「え? ああ、いいですよ。俺が持ってても、よく分かんないですし」 継人は、あっさりと二つ返事で承諾してくれた。


モエは、その(見えない)石をティッシュごと慎重にハンカチに包み、バッグにしまう。

「じゃあ、ごめん! 今日はこれで!」

「あ、はい。また!」 継人に手を振り、モエはその日は足早に大学を後にした。


***


(モエの自宅)


「……さて」 モエは、自宅のテーブルの上に、ハンカチに包まれた「石」を置いた。 やはり、何度見ても、輪郭がぼやけてよく見えない。


(これを……ぬらりひょん様に見せるべきか、酒呑ちゃんに見せるべきか……) モエは、頭を抱えた。 酒呑童子は『高位存在』の影響を探れと言う。 ぬらりひょんは『縁を繋げ』と言う。 そして、この石は、恐らく『高位存在』に関わる、とんでもない物だ。


(とりあえず、写真……) モエは、スマホを取り出し、カメラを起動して石に向けた。 カシャ。 撮影した画像を確認する。


「……写ってない」 画面には、テーブルの上に置かれたハンカチが写っているだけで、石の姿も、ティッシュの凹みすらもなかった。


(直接見せるしかないのか……) モエは、深いため息をついた。 (それにしても、これが見えないって、異常だよな……。でも、廻くんには、はっきり見えてるんだよな?)


(酒呑ちゃんが言ってた、廻くんの『見える力』って……)

(もしかして、だいぶ厄介事なんじゃないか?)


モエは、酒呑童子の計画――継人の力を消し、彼の前から消える――を思い出した。

(……こりゃ確かに、全部終わった後に、『縁ごと切る』方が、廻くんのためにはなるだろうな……) この石のような、得体の知れないモノに関わらせ続けるのは、あまりにも危険すぎる。


(でも……) モエは、継人の屈託のない笑顔や、酒呑ちゃんを「尊敬する人」と言ってた時の顔を思い出す。

(ぬらりひょん様の言う通り、このまま切っちゃうのも……)


「あぁ〜〜〜っ! もう!」 モエは、テーブルに突っ伏した。

「こんな事になるなら、引き受けなきゃよかった〜〜〜っ!!」 胃が、キリキリと痛んだ。

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