第九十四話
「来たぞ、酒呑! 茨木!」 声と同時に、たけまるさんが引き戸を勢いよく開けて入ってきた。相変わらず豪快だ。
「おぅ。悪いな、急に呼び出して」 店長が、気だるげにタバコを灰皿に押し付ける。
「……おたけ、さん」 隣のラキさんは、緊張でカチンコチンに固まっている。声も裏返りそうだ。
「で? 今日は茨木が、なんか用があるんだって?」 たけまるさんが、不思議そうにラキさんを見る。
「は、はい……。その……」 ラキさんは、固まったまま動かない。
(あーもう!) 継人は、見ていられず助け舟を出した。
「あの、たけまるさん! ラキさんが、もしこの後、時間あるなら食事行きたいって、言ってたんです!」
「ん? おう、いいね!」 たけまるさんは、あっけらかんと答えた。 「何食べたい? 茨木」 逆に聞かれ、ラキさんは
「えっ、あ、えっと……」とさらに狼狽する。
「あー、そうだ。茨木、酒好きだったよな?」 たけまるさんは、ポン、と手を打った。
「駅前に美味い地酒出すとこあるから、そこ行くか!」
「あ……。あ、ありがとうございます……!」 ラキさんは、もはや受け身で頷くのが精一杯だった。
(……完全に立場が逆転してる) 継人は、その光景に驚きを隠せない。
「よし、じゃあ行くぞ!」 たけまるさんが、ラキさんの腕を掴んで店を出ていこうとした、その時。 ふわり、と。継人の鼻を、シャンプーのような、清潔で甘い香りが掠めた。
(おや?)継人は、たけまるさんの横顔を盗み見る。 よく見ると、彼女は普段の(であろう)ラフな感じとは違い、薄くだが、お化粧もバッチリしている。
(……おやおや?) 継人は、口元が緩むのを感じた。
二人が賑やかに出て行った後。継人は、ニヤニヤしながら店長に聞いた。
「店長。もしかして、たけまるさんも、ラキさんに気があるんじゃないですか?」
「さあね」 店長は、新しいタバコに火をつけながら、しれっと言った。
「私は、『別に知らなくても困らない』と、そう伝えただけだよ」 そして、悪戯っぽく笑った。
(うわ、この鬼、屁理屈並べるな) 継人は呆れつつも、少し意地悪な気持ちで聞いてみた。
「じゃあ、ちなみに店長の好きなタイプは?」
店長は、タバコを咥えたまま、しばらくじーっと継人の顔を見つめていた。 そして、ふい、と視線を逸らし、煙と共に吐き捨てるように言った。
「……君……ではないから、安心しろ」
「……」 告白したわけでもないのに、フラれた。 継人は、なんとも言えない敗北感を味わった。




