第九話
「いらっしゃいませ!」
反射的に、大学のコンビニバイトで染み付いた声が出た。 その元気すぎる声に、入ってきた客はビクリと肩を震わせた。 それは、穏やかそうな雰囲気の女性だった。継人よりも少し年上だろうか。
「あ、あの……物々交換に……」 女性は戸惑いながらも、小さな声でそう言った。
初めての(自分が見える)客だ。 継人は持ち前の「お人よし」精神に火がつき、接客モードに入った。
「はい! どうぞどうぞ! ごゆっくりご覧ください!」 言いながら、カウンターを飛び出し、女性のすぐ近くまで駆け寄る。 「……!」 急に距離を詰められ、女性はあからさまに戸惑い、一歩後ずさった。
「ええと、本日は何をお持ちなんですか?」 継人はニコニコと、自分最高の「いい笑顔」で尋ねた。
「あ……こ、これです」 女性は、おずおずと手に持っていた小さな麻袋を見せた。中に入っているのは、色鮮やかな数枚の「落ち葉」だった。
(落ち葉……?) 継人は一瞬固まった。ガラクタが並ぶ店とはいえ、落ち葉で交換できる物があるのだろうか。
「わ、分かりました! 少々お待ちください!」 継人は女性にそう告げると、カウンターに戻り、気だるげにこちらを見ている店長にヒソヒソ声で尋ねた。
「て、店長! お客さん、落ち葉持ってきたんですけど! 落ち葉で物々交換できるものなんてあるんですか!?」
「……少し落ち着け、バイト君」 店長は面倒くさそうにタバコの煙を吐き出す。
「この店のルールは、客がモノを棚に置いていき、棚にあるその客にとって価値のあるモンを持っていくことだ。価値の釣り合いなんざ……」
店長が言い終わる前に、女性客が動いた。 彼女は棚を眺めていたが、やがて一つの容器を手に取り、レジまで持ってきた。 それは、泥のようにも見えるが、なぜか宝石のように鈍く光る「謎のフン」が少量入った容器だった。
(落ち葉と……フン?) 継人の頭の中で、何かが繋がった。 (もしかして、この人、ガーデニングとか家庭菜園が好きなのか? 落ち葉で腐葉土作って、フンは肥料に……)
「あ! お客さん!」 継人は、店長の制止を聞き終える前に、再び女性に駆け寄った。
「もし、そういう……土いじりとかお好きなら、こっちなんてどうですか?」 継人は、あの日、河童が置いていった(と店長から後で聞いた)禍々しいデザインだが、作りだけは異様にしっかりしていそうな金属製のジョウロを指差した。
「おい、バイト君!」 流石に店長が止めに入った。
「いいか、この店の客は自分でモノを選ぶんだ。こっちから選ばせるのは違う。客の自由意志を……」 しかし、店長の言葉とは裏腹に、女性は継人が勧めたジョウロに目を輝かせていた。彼女はそのジョウロを嬉しそうに手に取り、まじまじと眺めている。
「……あの!」 女性は顔を上げ、決心したように言った。
「やっぱり、こっち(フン)じゃなくて、このジョウロにします!」
「え?」
「ありがとうございます。ちょうど、こういうのが欲しかったんです」 女性は落ち葉を棚に置くと、嬉しそうにジョウロを抱えて店を出ていった。
「……」 呆気にとられる継人。 「……ふうん」 店長は、カウンターで新しいタバコに火をつけながら、面白そうに呟いた。
(客の選ぶモノに口出しするとは、何事かと思ったが……) 店長は、継人の背中を眺める。 (結果的に、客は喜んで帰って行った。あの花の神が、蛇神のフンより河童のジョウロを喜ぶとはな) 人の気持ちに寄り添うとはどういうことか。 (あのお人よしも、一つの正解なのか。……見習わないとな)
店長は、継人には見えない角度で、ほんの少しだけ口角を上げた。




