第八十七話
静寂に包まれた神域で、祭神として祀られる安倍晴明は、久しく聞くことのなかった相手からの電話に、静かに耳を傾けていた。 酒呑童子。 あの鬼が、自分に助けを求めてくるとは。
受話器の向こうで、彼女は淡々と事のあらましを語った。店に迷い込んだ人間の青年、継人。彼が食べてしまった正体不明の『飴玉』。それによって『見える』ようになったこと。そして、今日現れたという『サル』の警告――『次は耳』。 自分の責任範疇で起こったことだから、何としても解決したい、と。
『……それで、晴明。あんたなら、そんな高位存在について、何か心当たりがないか?』
晴明は、扇子で口元を隠し、ふむ、と息をついた。
「……わざわざお前の『店』なんぞに干渉してくるような物好きな『方』がいるとは思えんがな」
『……』
「まあ、良い。お前の『人間を助けたい』などと殊勝な心意気に免じて、協力してやらんでもない」
晴明は、酒呑童子の話からいくつかの可能性を頭に浮かべていた。
「……話からヒントは貰った。いくつか、当たってはみよう」
『! 頼む』
「結果が出たら連絡する。……では」 晴明は、一方的に通話を切った。
***
大学が終わり、継人はいつものように店でのバイトに入っていた。 店長と二人きりの、いつも通りの静かな店番。 ……のはずだった。
(……なんか、今日、うるさくないか?)
継人は、カウンターの隅で感じている違和感に首を傾げた。 店長は相変わらず静かにタバコをふかしている。外の音でもない。 音は、店内から……いや、棚に並んだガラクタ達から、聞こえてくる気がするのだ。
ザワ……ザワ……。 ヒソ……ヒソ……。
絶えず、何かしらの音? 声? が、微かに聞こえる。 風の音とは違う。まるで、たくさんの人が小声で囁き合っているような……。
「あの、店長」
「ん」
「棚の商品、昨日までとラインナップ、変わってないですよね?」
「ああ」
「なんか……音、しません? ボソボソと、喋ってるような……。隙間風とかですかね?」
店長は、タバコの煙をゆっくりと吐き出した。 そして、相変わらず気だるげに、しかし、あっさりと告げた。
「……ああ。『見える』だけじゃなくて、『聞こえる』様にもなったんだ、バイト君」
「え?」
「飴玉のせいだな」
「……!」 継人は、息を呑んだ。 背筋に、冷たいものが走る。
「て、店長……! 俺、このままだと……どうなります?」 継人は、震える声で尋ねた。




