第八十二話
週が明けた、大学の昼休み。 継人は、すっかり顔なじみになった芝モエと、中庭のベンチで昼食のパンを頬張っていた。
「あー……」 継人は、卵サンドを飲み込むと、何かを吹っ切るように口を開いた。
「そういえばモエさん、ちょっと聞いてもらってもいいですか」
「ん? なあに?」 芝モエは、パックのカフェオレにストローを差しながら、屈託なく笑いかける。
「俺、最近すごく尊敬してる人がいるんですけど……」 「うんうん」
「その人に、ちょっと嘘ついちゃってて。……それを、この前、やっと謝ったんです」
(……尊敬する人) 芝モエは、継人を観察する 。それが、バイト先の「店長」――酒呑童子であることは、聞くまでもなかった。
「そっか。ちゃんと謝れて、偉いね、廻くん」
「いや、偉くはないんですけど……。なんか、その人が俺にすごく真摯に向き合ってくれる人だから、俺もちゃんとしないとって。……あ、ごめん、変な話して」
「ううん。廻くんが、そういうのちゃんと考える人だって知れて、私は嬉しいよ」
「……モエさんだから、話せたのかも。なんか、モエさんって、信頼できるんですよね」
(信頼) その言葉に、芝モエの胃が、キリ、と微かな痛みを主張した。
(……これは、困難なお願いを聞いてしまったな)
芝モエの脳裏に、自分が置かれた最悪の板挟みが蘇る。
依頼主A:酒呑童子
『最近高位存在の接触で「見える」ようになった人間がいる。店の外での様子を探って欲しい』
『あいつの「見える」力を何とか解決して……私達は、そいつの前から消える』
『お前を信頼してる』
依頼主B:ぬらりひょん
『聞いたよ、酒呑童子が店で人間を雇ったらしいね。そろそろあいつも、人間との関わりを深く持つべきだ』
『あんたを信頼してる。あの人間と酒呑童子の「縁」、うまく取り持って欲しい』
そして、今、目の前にいる男――廻 継人。
『モエさんは、俺が何でも話せる、信頼できる友人です』
(全員から、「信頼してる」……) 芝モエは、カフェオレの甘さとは裏腹な、苦い現実を飲み込み、完璧な笑顔を継人に向け直した。
「そっか! 私も、廻くんのこと信頼してるよ!」 キリキリ、と胃が痛んだ。




