第八話
翌日から、継人の日常は少し変わった。 大学の講義が終わると、教科書をカバンに詰め込み、あの町外れの店へと向かう。
律儀に履歴書まで書いて持っていったのだが、店長はそれを見るなり「あー、いらない」と手で払いのけた。
「……すごく怪しい」 思わず口に出たが、店長は気にも留めない。逃げ出せば良いものの、「弁償」というワードは、継人が思う以上に彼の良心を強く縛り付けていた 。
働き始めて数日。疑問は増える一方だ。 ちゃんと「廻 継人です」と自己紹介したのに 、店長は俺のことを「バイト君」としか呼ばない 。 逆に店長の名前を聞いても、「店長でいいよ」としか答えない 。 そして何より、あの『従業員用』と書かれた暖簾の奥。昨日、短髪の女性が出てきたあの空間は、どう考えてもこの古びた木造店舗以上の広さがあるように思える。 (一体、この店はなんなんだ……)
今日も、店長は相変わらずだった。 カウンターの定位置に気だるげに座り、タバコをふかしている 。昨日と違うのは、ぼんやりとスマホの画面をいじっていることくらいか。 棚には、あの日以来、継人の目にも理解不能な品々が並んでいる。だが、客が来る気配は一向にない。
「あのー……店長」 沈黙に耐えきれず、継人は思い切って話しかけてみた。
「んー?」
「お客さんって、一日にどれくらい来るんですか?」 「ん〜? まぁ、ぼちぼちだな」 スマホから目を離さずに、店長は気の抜けた返事をする。
「ぼちぼち、ですか。昨日も一昨日も、俺が来てから誰も見てないですけど」
「あんたがいない時間に来てんだよ」
「この間出てきた、あの元気な女の人も店員さんですか?」
「……さあ」
「『さあ』って……」
いくつか質問してみたが、どれも上の空でまったく話にならない。 (暇だ……) 継人が手持ち無沙汰に、棚に並んだ白骨(何の骨だ?)を眺め始めた、その時だった。
ガラガラガラ……。
あの、古びた引き戸が開く音がした。




