第六十九話
待ちに待った週末。 継人は、くまさんが持ってきてくれたファッション雑誌を(穴が開くほど)熟読し、手持ちの服の中で一番マシ(・・・)な組み合わせで、芝さんとの待ち合わせの駅に着いた。 (……すげえ人)週末のターミナル駅は、ごった返している。
「廻くーん!」 人混みの中、パッと明るい声がして、芝さんが小走りでやってきた。 大学で会う時とは違い、少しお洒落をした彼女の姿に、継人は思わず息を呑んだ。
「あ……。か、可愛い……」 言葉が、そのまま口に出ていた。
「え〜! ほんと? ありがとう!」 芝さんは、素直に喜ぶと、悪戯っぽく継人の顔を覗き込んだ。
「廻くんって、もしかして、そういうの言い慣れてる人なの?」
「ち、違ーよ! 思わず出ただけ!」 慌てて否定する継人に、芝さんはコロコロと笑う。
劇場へ向かう道すがら、芝さんが今日の舞台について解説してくれた。
「今日のお芝居の劇団ね、去年くらいからテレビでも活躍してる芸能人が所属してるから、今、人気凄いんだよ」
「へえ、そうなんだ」 (……店長やラキさんたちとの会話と違って、全部理解できる……) 継人は、芝さんとの、この「普通」の会話がたまらなく楽しいと感じていた。
お芝居は、有名な古典劇を大胆にパロディにしたコメディ風のものだった。 継人も芝も、周りの目を気にすることなく、腹を抱えて笑った。
「いやー、面白かった!」
「でしょ? あのシーンの解釈、最高じゃない?」 お芝居が終わった後、興奮冷めやらぬ二人は、近くの喫茶店に入り、夢中になって感想を言い合った。 継人がこんなに誰かと趣味の話で盛り上がったのは、いつぶりだろうか。 笑いすぎて、少し涙目になっている芝さんの顔を見ながら、継人はふと、気づいた。
(……あれ? これ、めちゃくちゃ楽しいな)
(笑うタイミングも、面白いと思うポイントも一緒だ)
(……これって)
(もしかして……デート、じゃん)
そう意識した瞬間、さっきまで滑らかに出ていた言葉が、急に詰まった。 どうやら、向こうも同じ事を考えていたらしい。芝さんも、急に目を伏せ、ストローでクリームソーダをかき混ぜ始めた。 途端に、二人の間にぎこちなさが生まれる。
「あ、」 その空気を破ったのは、芝さんだった。
「ご、ごめん! 私、今日、夜は家族と約束があるんだった」
「あ、そ、そうなんだ」 時計を見れば、もう夕方に差しかかっていた。
二人は、ぎこちなさを引きずったまま喫茶店を出て、最寄り駅まで並んで歩く。
「じゃあ、今日はありがとう。すごい楽しかった」
「こ、こちらこそ。誘ってくれて」 別れ際、継人は勇気を出して言った。
「あの……! よかったら、また……会おう?」
芝さんは、一瞬きょとんとし、そして、今日一番の笑顔で頷いた。
「もちろん!」




