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第六十五話

(……俺って、あの人に手玉に取られてるよな?)


バイトを終えた帰り道、継人は秋の夜風に吹かれながら、先ほどの店長の笑顔を思い出して頭をかいていた。 弁償の話を切り出そうとしたら、クッキーの礼を、あの不意打ちのような笑顔で言われるなんて。あれでは、こっちが追求できなくなる。 味噌汁の時といい、あの人は自分がどうすれば相手が黙るか、分かってやっている気がした。


(まあ、いいか……) そう思い、スマホを取り出して時間を確認しようとすると、メッセージが一件、届いているのに気づいた。 送り主は「芝」――先程、大学の門前で助けた女性だった。


『こんにちは、芝です』

『今日は、鍵を探してくれて本当にありがとうございました』

『もしよければなんですが……明日って、授業ありますか?』


(あ、芝さん) 店長の忠告や、飲み会での一件以来、新しく知り合う人間には少し警戒していたが、彼女は別だ。 継人が『明日は二限だけですね』と授業予定を送ると、すぐに返信が来た。


『わ、奇遇です! 私もちょうど同じ授業があるので……もし、ご迷惑じゃなかったら、一緒に受けてもいいですか?』


継人は、その文面に、少しだけ胸が弾んだ。 彼女と別れてから、バイト先では人間以外の存在とばかり接していた。こういう、ごく普通の「人間」の女性との交流は久しぶりで、変な話だが、とても新鮮な気分だった。

『俺でよければ、ぜひ』 継人は、そう返信した。


***


翌日。 継人が大教室の扉を開けると、芝さんがすでに席に座っており、継人に気づいて小さく手を振った。


「おはようございます」

「おはよう、廻くん。席、取っといたよ」 教授の退屈な講義が始まると、継人のスマホが静かに震えた。芝さんからだった。

『この教授、声小さくないですか?(笑)』

『マジで。寝そう』

『あ、昨日のバイトって、どんな感じなんですか?』 二人は、教授にバレないよう、こっそりと他愛ないやりとりを続けた。


授業が終わると、芝さんは「昨日のお礼も兼ねて!」と、継人を強引に学食へと誘った。

「本当にいいのに」

「ダメです。親に『恩は三倍にして返せ』って言われてるんで」 結局、芝さんの奢りで昼食を食べることになった。


トレーを持って空いている席を探していると、向かいから来た女子学生のグループが芝さんに気づいた。

「あ、モエじゃん! おつかれー」

「おつかれー。今から?」

「うん、これから三限。じゃあねー」

「ばいばーい」


(……) 継人は、その、あまりにも自然な友人たちとのやり取りを、横目で見ていた。 (よかった……) 心のどこかで、まだ店長の忠告を引きずっていたのだろう。 (やっぱり、普通の人だ。人間だよな) あの飲み会の一件以来、少し疑心暗鬼になっていた自分が、急に恥ずかしくなった。


「どうかした?」

「あ、いや。友達、多いんですね」

「そんなことないよ」


二人は席に着き、昼食を食べながら話し始めた。お互いのサークルのこと、趣味のこと、そして継人が元カノと別れたばかりだということ。

「へえ、廻くん、お人よしなんだね」

「よく言われます」

「私は、そういうの好きだけどな」 芝さんは、コロコロと屈託なく笑った。 (あれ……この子、めっちゃ話しやすいな) 継人は、芝さんと、すっかり意気投合している自分に気づいた。

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