表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/114

第六十四話

大学の門前で芝さんと名乗る女性と別れた継人は、さっき交換したばかりの連絡先を見つめ、どうにも胸のモヤモヤが晴れないままだった。店長の忠告と、飲み会の『誑かした』という単語。 (……考えすぎ、だよな) 継人は、頭を振って気持ちを切り替え、そのままバイト先の引き戸を開けた。


「おはようございます」

「ん」 店長はいつもの定位置で、いつものように雑誌を読んでいた。

「あ、店長。スマホ、充電してきました」 継人は、昨日に電池切れで果たせなかった用件を切り出す。

「あの、よかったら連絡先、交換しませんか? 店長が言ってた、万が一の時のために」

「……」 店長は、面倒くさそうに雑誌から目を上げると、自分のスマホを無言で差し出してきた。

「あ、ありがとうございます!」 無事、連絡先の交換を終える。たったそれだけのことなのに、継人は妙な達成感を覚えていた。


(……相変わらず、暇だ) 客の来ない店内で、雑誌をめくる音と、時計の秒針の音だけが響く。 継人は、手持ち無沙汰に店長を眺めた。

「あの、店長って、趣味とかあるんですか?」 言ってから、(あ、何聞いてんだろ、俺)と思う。鬼の頭領の趣味。想像もつかない。


店長は、継人の質問に、雑誌から目を離さないまま、読んでいたページを指でトントン、と叩いた。 (雑誌……) いや、違う。彼女が指しているのは、雑誌の横に置かれた、いつものタバコの箱だった。

「これ」 それだけだった。


(……でも) 継人は、これまでのやり取りを思い返す。 酒呑童子であることも、なぜ店長をしているのかも、聞けば(はぐらかすこともあるけど)ちゃんと正直に答えてくれている。


(この人、本当に『人はだまさない』んだな……) そう思うと、ずっと気になっていた、一番根本的な疑問を聞いてみたくなった。 「あの、店長。俺の『弁償』って、あとどれくらい残ってます?」


ピタリ、と雑誌をめくる音が止まった。

「……」

「いや、だって、弁償のために働いてるわけですし。一応、ゴールが見えないと……」

「……今日は、雲が多いな」

「え? 快晴ですけど」

「……」 店長は、再び雑誌に視線を落とし、完全に継人を無視した。 (やっぱり、はぐらかされた!)


「いや、店長! 俺、今後の円滑な関係のためにも、そこはハッキリしといた方がいいと思うんですよ!」 継人は、自分でも「円滑な関係のため」というのが、ただ店長ともっと話したいだけの口実だと分かりつつ、食い下がろうとした。

「だから、俺の食べた『飴玉あめだま』の価値って、一体……」


「バイト君」 店長が、手で継人の言葉を制してきた。 (あ、ヤバい。しつこすぎたか……?) 継人が咄嗟に口をつぐむと、店長は雑誌を静かに閉じ、継人の方を真っ直ぐに見た。


その顔は、怒っているわけでも、呆れているわけでもなかった。

「クッキーだが」

「え?」

「……ありがとうな。美味しかったよ」


店長は、そう言うと、ふわりと笑った。 あの、味噌汁の時と同じ、不意打ちのような、優しい笑顔で。


「あ……」 継人は、その笑顔に、今言おうとしていた全ての言葉を奪われた。 (……ダメだ) それ以上、何も追求できなくなってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ