第六十一話
翌朝。 継人は、大学へ向かう通学路を少し外れ、一昨日に泊めてもらったお礼とお詫びを兼ねて、デパートで買った個包装のクッキー詰め合わせを片手に、あの店へと向かっていた。
店の前に着くと、またしても見慣れた大男が玄関先を掃いていた。
「あ、カネさん。おはようございます」
「お、継人君! おはよう」 カネさんは、その強面の顔に似合わない、柔らかな笑顔を向けた。
「あの、一昨日は、おんぶして連れてきてもらっちゃって……本当にありがとうございました」 継人が頭を下げると、カネさんは「いいってことよ」と分厚い手で継人の肩を軽く叩いた。
「店長、いますか? これ、皆さんでと思って」 継人が紙袋を掲げると、カネさんは
「お、気が利くねえ」と目を細め、店の裏手を親指で指差した。
「今、裏でトラとタバコ吸ってると思うよ」
「ありがとうございます」 継人が裏に回ろうとすると、カネさんは
「あ、継人君」と呼び止めた。
「はい?」
「あのさ」 カネさんは、少し照れくさそうに頭をかいた。 「継人君が来てから、最近、お頭……店長、なんだか明るくなってきたんだ」
「え?」
「いや、こっちの話。……いつも、ありがとうね」
思いがけないお礼の言葉に、継人は慌てて首を横に振った。
「い、いえ! 俺の方こそ、良くしてもらってばっかりで……! こちらこそ、ありがとうございます!」
継人はカネさんに改めて一礼し、店の裏手へと回った。 言われた通り、そこでは店長とトラさんが、二人並んでタバコをふかしていた。何か真面目な話をしていたようだ。
継人が近づく気配に、トラさんが先に気づき、軽く会釈してきた。
「あ、おはようございます。店長、トラさん。昨日はありがとうございました」 継人が声をかけると、店長もこちらに気づいた。
「ん……。どうした、バイト君。大学は」
「あ、これからです。これ、昨日のお詫びと言いますか、お礼と言いますか……皆さんでどうぞ」
継人は、持っていたクッキーの紙袋を店長に差し出した。 店長は、その紙袋と継人の顔をジト目で見比べ、隣にいるトラさんの方をチラリと見た。 (受け取っていいものか)と迷っているように見える。 トラさんは、そんな店長の視線を受け止めると、無言で「どうぞ」と目で促した。
「……」 店長は、仕方ないといった風に、その紙袋を受け取った。
「……気を使わせて、悪いな」
「いえ!」 継人は、その言葉に、昨日見た、あの不意打ちのような優しい笑顔を思い出していた。
(……あの笑顔が見れただけで、味噌汁の礼としては安すぎるくらいだ)
「こちらこそ、ありがとうございます。……じゃあ、俺、大学行くんで。今日も後でまた来ます!」 継人は、清々しい気分で頭を下げ、今度こそ大学へと向かった。
継人の背中を見送った後。 店長は、手の中の紙袋を見つめていた。
「……みんなで、食べるか」 店長はそう呟くと、裏口から店に戻る。
「ええ。では、全員を呼びましょう」 トラさんが、嬉しそうに頷いた。




