第六話
コツ、コツ、という足音は暖簾の前で止まった。 やがて、その暖簾が勢いよく開けられる。
「どうしました? おかし……店長!」
飛び込んできたのは、店長とはまさに正反対の女性だった。短く切り揃えられた黒髪。快活に動く大きな瞳。気だるげな店長が「静」なら、彼女は「動」、元気の塊といった印象だ。 その女性は、カウンターの前に萎縮している継人を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに店長に向き直った。
店長は、継人がカウンターに置いたままにしていた、あのイチゴミルクの包み紙をつまみ上げた。 そして、短髪の女性にそれを見せる。
「お前、これ見えるか?」
「え?」
短髪の女性は、店長の指先を不思議そうに見つめ、「?」と首を傾げた。
「て、店長、なんの冗談ですか? ……何も持ってないじゃないですか」
「……そうか」
「何かあったんですか? っていうか、その人……」
「なるほどな」
店長は継人のほうをチラリと見ると、納得がいったように小さく頷いた。
「ありがとう。もういいぞ」
「え、あ、はい。……何かあればまた呼んでください!」 女性は、明らかに釈然としない顔をしていたが、店長の言葉には逆らえないらしく、キビキビと一礼すると、再び暖簾の奥へと下がっていった。
(……何もない、じゃないですか……?)
継人は、今の一連のやり取りを呆然と見送っていた。 女性の言葉が、頭の中で反芻する。 (嘘だろ……。だって、俺にはハッキリ見えてる。あの店長も、さっき確かに指でつまんでた。なのに、あの元気な人には、あの包み紙が『見えなかった』……?) 一体、何がどうなっているんだ。
「さて」
気だるげな声が、継人の思考を中断させる。 ハッと我に返ると、店長がジト目でこちらをじっと見ていた。彼女は新しいタバコを取り出すと、カチリ、と火をつける。
紫煙がゆっくりと立ちのぼる中、店長は言った。
「あんた。ここで働かないか?」
「―――ぶふぇっ!?」
予想の斜め上を行く申し出に、継人は思わず変な声を上げた。




