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店長は人を騙さない(と、言っていた)  作者: あかはる


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第五十六話

(トイレはあっち、だったよな……) 継人は、ラキさんが指差した(気がする)方向とは、なぜか逆側へと歩き出した。 酔った頭が、好奇心か何かで、正常な判断を鈍らせていたのかもしれない。


(トイレなら、廊下側に電気がついてたりして、すぐ分かるだろ) そう高を括って歩き始める。だが、すぐに後悔した。 該当する扉が見当たらないどころか、廊下が異常に暗い。 何だったら、自分の手のひらさえ見えないくらいの、完全な闇だ。


壁伝いに、そろそろと歩を進める。 だが、先に進んでいるのかどうかさえ、よく分からない。


「あ、スマホで照らせばいいや」 継人は、おぼつかない手つきでズボンのポケットからスマホを取り出し、ライト機能をオンにした。 白々とした光が放たれる。


―――だが、その光は、まるで濃い霧の中のように、暗闇に吸い込まれていく。 ぼんやりと照らし出されるのは、精々5、6歩先の板張りの廊下だけだった。


(……なんだよ、これ) 継人は、壁と廊下をスマホのライトで照らしながら、ゆっくりと進む。 まだ酒が残る頭で、ふと思う。


(……どれくらい、歩いたんだ?)


昼間、暖簾の奥を覗いた時は、確かに廊下はあったが、こんなに長いものではなかったはずだ。 酔っているとはいえ、それなりに歩いた感覚がある。 歩いたのに、廊下の突き当たりに着かない。


ザッ、と冷や汗が背中を伝った。 (俺は今、ちゃんと……『店』に、いるんだろうか) ラキさんが言った「奥の部屋には絶対行くな」という言葉が、頭の中で警鐘のように鳴り響く。 このまま進んだら、二度と戻れない、まったく別の異界に出てしまうのではないか。


恐怖が、尿意を忘れさせるほどに膨れ上がり、叫びそうになった――その時。


(……あ) ふわり、と。 あの、嗅ぎ慣れた匂いがした。 店長の、タバコの匂いだ。


その匂いが、暗闇の中の唯一の「現実」の証に思えた。 継人は、安堵と恐怖が入り混じったまま、思わず叫んでいた。

「て、店長っ!」


パチッ。


継人の声に応えるように、明かりが灯った。 目の前に、いつものジト目の店長が立っていた。


「……何してんの? バイト君」 いつもの気だるげな顔。いつもの声。 それを見た瞬間、継人の全身からドッと力が抜けた。

「あ……、てんちょう……」


「トイレ?」

「は、はい……」 店長は、継人が来た方向とは正反対、継人が寝ていた布団部屋のすぐ近くを、親指で指差した。

「……反対だよ」

「あ……」 見れば、確かに「御手洗」と書かれた札のかかった扉が、すぐそこにあった。


「あ、ありがとうございます!」 継人は、助かったという思いで、急いで店長に礼を言い、今度こそ正しいトイレへと向かった。


ジャー、と用を足しながら、継人は先ほどの店長の姿を思い出していた。 (……助かった) そして、もう一つ。


(店長、パジャマ……着るんだ)


さっき見た店長は、いつものダボっとした服ではなく、ごく普通の、少しよれたスウェットのパジャマ姿だった。 その、あまりにも「人間くさい」発見に、継人は暗闇の恐怖を忘れ、少しだけ可笑しくなった。

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