第五十四話
第五十四話
店長から「あの婆さんの『知り合い』だって奴が声かけてきたら教えろ」と忠告……いや、警告をされてから、俺は街中で話しかけてくる人間に、少し不信感を持つようになっていた 。
(……あの人も、そうなのか?) 駅前でティッシュ配りをしているおばちゃん からも、俺はサッと目を逸らして足早に通り過ぎる。 (考えすぎか……) 次に、道に迷ったらしいお爺さんから声をかけられた時は、さすがに良心が咎めて普通に対応した 。
(大丈夫だ。普通の人だ) そう思いながら大学のキャンパスを歩いていると、後ろから声をかけられたが、それも無視して早歩きを続ける。
「おい、継人! 無視すんな!」 バシッ、と肩を叩かれ、慌てて振り返ると、大学の友人だった 。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「ふーん? お前、今日もバイト? この間、街で見かけたあの美人がいるところ?」 この友人は、以前、俺が店長たち(人間には見えていなかったラキさんたちはスルー)とすれ違ったのを目撃していたのだ 。
「いや、今日はシフトじゃない」 俺がそう答えた瞬間、友人はニヤリと笑った。
「じゃあ決まりだな! 今から付き合え!」 有無を言わさず肩を組まれ、俺はそのまま駅前の飲み屋に連れて行かれた 。
***
居酒屋の安っぽいテーブルには、すでに何人かの友人が集まっていた。
「お、継人! 久しぶりじゃん!」
「彼女と別れたのに、付き合い悪かったもんな!」 乾杯の音頭と共に、宴会が始まる。 そして案の定、質問攻めが始まった 。
「なあなあ、あの人って『店長』でいいんだよね?」 「あの店長、どんな人なの?」
「ぶっちゃけ、いくつくらい? 彼氏いんの?」
「継人さ、あんな美人と二人きりで店番して、そのまま飲みに行ったりとか……あんの?」
「他に従業員ってどんな人がいるの?」
俺が「いやー、どうだろ」と曖昧に笑ってごまかしていると、「おう、お疲れー!」と、さらに友人が友人を呼んで、少しずつ人が増えていく 。 気付けば、ただの飲み会は、サークルの打ち上げのような大宴会になっていた 。
その馬鹿騒ぎに巻き込まれているうちに、俺の警戒心はすっかりアルコールに溶けて消えていた。 酒も進み、みんなのテンションが上がるにつれて、俺も色々なことを話してしまった気がする 。
どれくらい飲んだだろうか。 俺が、しこたま飲んでテーブルに突っ伏し、グデングデンになった頃 。 ガヤガヤとした騒音の中で、誰かの声が耳に届いた。
「なあ、継人。……その店って、なんで知ったの?」
「んー……」 俺は、テーブルに突っ伏したまま、呂律の回らない口で答えた 。
「もとかのに……ふられて……ぷれぜんと、うりにいこうと……いろいろ、まわってたら……いきついた……」
「へえ。その店って、買取店なの?」
「ん……。かいとり、も、やってる……」
(この間店長、『買取もできる』って言ってたな……) そんなことを、酔った頭でぼんやりと考えていると。 さっきとは違う声が、やけにはっきりと、俺の耳元で囁いた。
「で? 廻は、どうやってあの美人店長を『誑かした』の?」
―――その瞬間。 俺の酔いは、急速に覚めた 。
(……誑かした?) その言葉。 数日前、あのぬらりひょんが、俺と店長に向かって言った言葉と、まったく同じ 。 『どこでコイツを誑かしたんだい?』
(まさか―――) 店長の忠告が、脳内で警鐘を鳴らす 。 『街であの婆さんの「知り合い」だって奴が声かけてきたら……すぐに私かラキに教えろ』
今、目の前に座っているこいつは、誰だ? 俺の友人じゃない。友人が連れてきた、誰かだ 。
……もしくは紛れ込んだ何かだ。
(……ヤバい) 血の気が引いていくのが分かった。 俺は、顔を上げることができず 、そのままテーブルに突っ伏したまま、ゆっくりと、深い寝息を立てるフリをした




