第五十二話
(現在)
「ごめんくださーい」 いつものようにバイト先へ向かい、継人は引き戸に手をかけた。 だが、開ける前に、店内の様子がいつもと違うことに気づく。
店長は、いつもの定位置に座ってタバコをふかしていた。 だが、そのカウンターの向かいに、見知らぬ女性が一人立っていたのだ。 上品な和装を、少しラフに着こなした、年の頃は店長と同じでよく分からないが、妙に妖艶な雰囲気を持つ女性。
(客か……?) だが、その女性は棚には目もくれず、店長に向かって一方的に、実に楽しそうに何かを話しかけている。 親しげ、と言うか……店長の方が、うんざりした顔で適当な相槌を打っているのを見ると、「一方的に絡まれている」と言った方が自然だった。
「あ……」 店長が、入り口で固まっている継人に気づいた。 そのジト目が見開かれ、次の瞬間、継人に向かって鋭い目配せが飛んできた。
(来るな。入ってくるな)
(え?) 継人は、その明確な「拒絶」のサインをどう解釈していいか分からず、首を傾げる。
(俺、なんかマズいことしたか……?)
継人が戸惑っていると、その妖艶な女性が、店長の視線の変化に気づいた。
「ん? なんだい、客か……」 女性は、ゆっくりと入り口の継人の方へ振り返った。 継人と、目が合う。
次の瞬間。 女性の口元に、獲物を見つけた獣のような、妖しい笑顔が浮かんだ。
「……おや」
***
継人は、いつものカウンターの隅の椅子に座らされていた。 そして、あの妖艶な女性は、どこからか持ってきた別の丸椅子に、継人の真正面から向かい合うようにして、実に嬉しそうに座っていた。
「……」 店長は、定位置で、いつもより三割増しくらいの勢いでタバコの煙を吐き出している。
「まったく」 女性――ぬらりひょんは、まず店長に向かって、芝居がかった口調で文句を言った。
「人間を雇ったなら、連絡しろと言ったじゃないか。水臭いねえ、酒呑」
「……こいつは『雇った』のとは違う。特別だ」 店長が、面倒くさそうに吐き捨てる。
「ほーん」 ぬらりひょんは、その「特別」という言葉に面白そうに反応すると、再び継人に向き直った。 その目は、値踏みするように継人の頭のてっぺんから爪先までを眺めている。
「お前さん。……『見える』人間、なんだね?」
「あ、は、はい。多分……」
「ふうん」 ぬらりひょんは、楽しそうに頷くと、継人と、その横で不機嫌そうにしている店長を交互に見て、ニヤリと笑った。
「で?」
「え?」
「馴れ初めは? どこでコイツを誑かしたんだい?」
「―――ぶふぉっ!?」
継人の横で、店長がタバコの煙もろとも盛大にむせた。




