第五話
「は? 河童?」
継人は、店長の言葉が理解できず、一瞬固まった。だが、それがタチの悪い冗談か、自分をからかうための揶揄だと判断するのに、そう時間はかからなかった。
「ちょっと、店長さん! からかうのも大概にしてくださいよ!」 継人は勢いよく椅子から立ち上がった。足がもつれて、丸椅子がガタンと音を立てる。
「河童なんているわけないじゃないですか! 大学生だと思って馬鹿にしてます? さっきから見てると、その棚のガラクタも全部、手の込んだ……」
「棚のガラクタ?」
店長は立ち上がった継人を気だるげに見上げたまま、タバコの煙をふう、と吐き出した。
「……じゃあ、あの棚は? あんたが入ってきた時、あそこに何か見えてたか?」
「え?」 継人は言われて、再び商品(?)で埋め尽くされた棚を見る。
「それは……」
「さっきまで見えてなかったんだろ? 念の為聞くけど」
「見えてないも何も、元から無かったじゃないですか! 空っぽの棚しか……」
継人はそこまで言って、ハッとした。 (そうだ。さっきまで、空っぽだった。なのに、今は『見える』。あの『河童』も、『見えた』) 継人の顔からサッと血の気が引いていく。
店長は、継人の純粋な混乱を見て、事態の深刻さを確信した。 (……そうか。コイツ、見えてなかったのか) あの瓶。私ですら認識できなかった『何か』 。それをコイツが食べて、『見える』ように体質を変えられた。 (面倒なことになった……)
店長はカウンターに残されたイチゴミルクの包み紙をつまみ上げた。
「……」 裏表、しわを伸ばして念入りに確認するが、変な文字や紋様はどこにもない。ただの、ありふれた市販品のゴミだ。 (手がかりなしか。高位存在 の仕業だとしたら、こんな所に痕跡は残さないか……)
「……ま、いいや。一旦座れよ」
「で、でも……」
「いいから」 有無を言わせぬ響きに、継人はおそるおそる丸椅子に座り直す。 店長は継人の抗議を待たず、奥の『従業員用』と書かれた暖簾に向かって、気だるげながらも通る声で呼んだ。
「おーい! 誰か来てくれー。ちょっと面倒なのが来た」
(だ、誰か……?) 継人はゴクリと唾を飲んだ。さっき「河童」が出ていった店だ。あの暖簾の奥から、今度は何が出てくる? (まさか、鬼とか、天狗とか……!?) 恐怖がじわじわと背筋を這い上がってくる。
「あ、あのっ!」 継人は恐怖に耐えかねて声を上げた。
「もしかして、それ、本当に食べちゃダメなヤツでしたか!? すみません! 俺、そういうつもりじゃ……!」 謝罪しようとした継人の言葉は、途中で遮られた。
コツ……
暖簾の奥から、足音が聞こえてきた。 板張りの床を踏みしめる、硬質な音。 ゆっくりと、だが迷いなくこちらへ近づいてくる。 間違いなく、一人分の足音だった。




