第四十八話
その日も、店番は暇だった。 継人がカウンターの隅でスマホゲームのスタミナを消費していると、定位置でタバコをふかしていた店長から、珍しく声がかかった。
「……バイト君」
「へ?」 継人は驚いて顔を上げる。いつも会話のきっかけを作るのは継人からで、店長から話しかけてくるのは、業務連絡(「あがり」とか「休み」とか)以外では、ほぼ初めてだった。
「今日、この後、暇か?」
「え? あ、はい。特に予定ないですけど……」
「そうか。じゃあ、紹介したい奴がいる」
(紹介したい奴……?) ますます珍しい。継人は驚きつつも頷いた。
「時間は大丈夫です」
「ん」 店長はそう言うと、奥の暖簾に向かって「トラ」と短く呼んだ。 すぐに、あの狼男の一件の時に現れた、肩まである長髪の怜悧な雰囲気の男性――トラさんが、奥から静かに出てきた。
「あ、どうも」 継人が会釈すると、トラさんも丁寧に頭を下げた。 店長が、タバコをくゆらせながら説明する。
「昨日、トラから『まだバイト君にちゃんと挨拶していない』って言われてな。こいつ、こういうとこ、妙に真面目っつーか、律儀なんだ」 トラさんは、その言葉に「当然のことです」とでも言うように、表情一つ変えない。
「カネとホシには会ったんだろ」
「あ、はい。掃除の時に」
「これで、今のウチの従業員は全部だ」 店長は、そう付け加えた。 (ラキさん、くまさん、カネさん、ホシさん、そしてトラさん……。あの時の五人か)
「改めまして、虎熊童子です。皆からはトラと呼ばれています。お頭がいつも世話に」
「あわわ、廻 継人です! こちらこそお世話になってます!」 トラさんの、あまりにも丁寧で真面目な自己紹介に、継人は慌てて椅子から立ち上がって頭を下げた。
その後、少しトラさんと話してみたが、継人は(この人、ちゃんとした大人の人だ……)という印象を強く受けた。 ラキさんのようにお調子者でもなく、カネさんのように強面でもなく、ホシさんのようにぶっきらぼうでもない。言葉遣いは丁寧で、物腰も落ち着いている。
継人は、不思議に思って尋ねてみた。
「あの、トラさん」
「はい」
「皆さん……店長とか、ラキさんとか、いい人たちだと思うんですけど、結構……その、変わり者ばっかりじゃないですか」
「……」 トラさんの眉が、わずかにピクリと動いた。 「その中で、トラさんは、なんでそんなに真面目でいられるんですか?」
継人の素朴な疑問に、トラさんは「いい人たち」という部分で、心底不思議そうに首を傾げた。
「……変わり者、なのは同意しますが……」 (え、そこは否定しないんだ)
すると、横で話を聞いていた店長が、タバコの煙を吐き出しながら、トラさんに同意を求めた。
「なあ、トラ。こいつ、変なこと聞くよな?」
「……ええ。まったくです、お頭」
「え、俺!?」




