第四十六話
翌日。 継人がいつものように「ごめんくださーい」と引き戸を開けると、店内の空気がいつもと違った。 カウンターの隅に、この古びた店の雰囲気にはまったく似合わない、ビシッとしたスリーピーススーツを見事に着こなした「男性」が立っていたからだ。髪はオールバックに固められ、怜悧な光を宿す瞳が、品定めするように棚のガラクタを眺めている。
(うわ……またヤバそうな客か?) 継人が身構えていると、男がこちらに気づき、優雅に微笑んだ。
「……どちら様ですか?」 継人が尋ねると、その男が答える前に、定位置でタバコをふかしていた店長が、気だるげに、しかし少し不機嫌そうに答えた。
「……たまちゃん」
「えっ」 (たまちゃん!? 昨日言ってた、あの!?) 継人は、昨日の店長のソワソワした乙女な様子と、目の前のスーツの男を必死に結びつけようとして、混乱した。
「初めまして、バイト君」 たまちゃんと紹介された男は、継人にすっと手を差し出した。
「あ、初めまして……廻 継人です」 継人は、戸惑いながらもその手を取り、握手する。 (昨日、店長は『女子会』みたいに言ってたのに、今度は男かよ!? ややこしすぎるだろ、店長の交友関係!)
玉藻前は、握手したまま、継人の顔を覗き込むようにして、その全身をくまなく眺め始めた。
「ふむ……」 満足したように頷くと、今度は継人から数歩下がり、遠くから全身を見ようと体をのけぞらせたり、首を傾げたりして、観察を続けている。
「あ、あの……店長」 あまりにもジロジロ見られるので、継人は居心地が悪くなり、助けを求めるように店長を見た。
「この方、一体、何者なんですか?」
店長は、タバコの煙を鬱陶しそうに吐き出した。
「私をからかって楽しんでる、クソ野郎だ」
「ぶっ……!」 その、あまりにもストレートな紹介に、玉藻前は思わず吹き出した。
「いや、あの……」 それでも観察をやめない玉藻前に、継人は耐えかねて尋ねた。
「なんで、そんなに見てくるんですか?」
「ああ、すまない」 玉藻前は、ようやく観察をやめると、継人に向き直った。
「君のその体……噂の『飴玉』による異変が、魂まで侵食していないか、確認させてもらっていたんだよ」
「え……魂?」
「どうやら、魂にまでは干渉していないようだ」 玉藻前は、継人にではなく、店長に向かってそう告げた。 「安心したまえ、酒呑。大した影響は出ていない」 「……」 店長は、その言葉に、わずかに安堵の息を漏らした。
「さて、診断は終わりだ」 玉藻前は、スーツの埃を払う仕草をすると、店を出ていこうとした。 「情報は、改めて使いの者に送らせよう」
「あ、待て」
店長が、出て行こうとする玉藻前のジャケットの裾を、無言で掴んだ。 玉藻前は、振り返り、(まさか、礼でも言うのか?)と身構える。
「……モノ、置いてけ」 「……」
玉藻前は、一瞬きょとんとし、やがて楽しそうに笑うと、内ポケットから一枚の名刺を取り出し、棚に置いた。 そして、棚に並んでいた、くすんだ銀色の指輪を一つまみ上げ、今度こそ店を出ていった。




