第四十四話
「ここは禁煙だよ」 玉藻前は、店長が火をつけたライターを、優雅な仕草で制した。 「あっ」 店長は、ホテルのラウンジの洗練された空気を今更のように思い出し、慌てて火を消す 。
「せっかくの格好が台無しになるじゃないか 。それに、私はタバコの煙が苦手なんだ 。ご遠慮願おうか」
「わ、悪かったよ……」 タバコを吸えない手持ち無沙汰と、着慣れない服のせいで、店長はますます居心地が悪そうに身じろぎした。
「こちらへ」 玉藻前は、そんな店長の様子を面白そうに眺めると、スマートにエスコートし、高層階のレストランへと向かった 。
窓の外には宝石のような夜景が広がっている。 玉藻前は、運ばれてきた料理に手際よくナイフを入れ、食事を進めていく 。だが、店長は目の前の皿に一切手をつけていなかった 。
「少しは食事を楽しめよ 。ここのシェフは腕がいい」 「あいにく、こっちは情報が欲しくてな」 店長は、焦れたようにテーブルの上で指を組んだ。
玉藻前は、ナイフとフォークを静かに置くと、そのジト目(だが、今は焦燥に揺れている)を真っ直ぐに見つめた。
「なんでそこまで、その人間に肩入れする?」
「……私の店で起きた事だからな 。私が責任を持つと、私が決めたんだ」 店長の声が、わずかに低くなる。
「高位存在は……あいつを、『バイト君』を、連れて行こうとしてるんじゃないかと……危惧している」
「なるほど」 玉藻前は、楽しそうに口角を上げた。
「それは気が気じゃないな 。お前が最近、方々に連絡を入れて、必死に情報を欲しがってたのは、そういうことか」
「……」
「最近、その人間には何か変化が? 『見える』以外に」
「今のところは、無いそうだ」
「だが、いつ変化が起こるとも知れないから、悠長にはしてられない。そういうことか」
店長が、続きを促すように玉藻前を睨む。 玉藻前は、その必死な顔を堪能するように眺め、やがて、ワイングラスを傾けながら笑った。
「面白い」
「何がだ」
「お前の、そんな顔が見れるなんて贅沢は、なかなか無いからな 。……ふむ」
玉藻前は、意地の悪い笑みを浮かべた。
「それを聞いたら、お前に今すぐ情報はやれんな」




