第四十三話
今日の店番は、いつもと何かが決定的に違っていた。
継人はカウンターの隅から、定位置にいるはずの店長が、珍しく店内を行ったり来たりと歩き回っているのを眺めていた。 (……なんか、ソワソソワしてる) しきりに長い前髪を指でいじっては、ため息をついている。 そして何より、タバコを吸っていない。
タバコを吸っていないからソワソワしているのかと思ったが、そうでもないらしい。 いつものようにタバコを一本取り出し、火をつけようとしては、寸前で「はっ」と我に返り、慌ててタバコを箱に戻す――という不可解な動作を、さっきから何度も繰り返している。 タバコが切れているわけではなさそうだ。
そして、服装も明らかに違った。 普段は、彼女の気だるげな雰囲気をより一層増すような、ダボっとした服を好んで着ている。 だが、今日は珍しくピシッとしたブラウスに、ロングスカートまで履いていた。
(……絶対デートだ) 継人は確信した。この分かりやすいソワソワ感。服のチョイス。匂いを気にしての(?)禁煙。 (間違いない)
あの酒呑童子が。 ルール違反に泣き暴れ、神様を脅し、不貞寝までしていたあの店長が、こんな分かりやすく乙女な反応をしている。そのギャップが可笑しくて、継人は笑いをこらえるのに必死だった。 ただ、本人は(ソワソワしながらも)大真面目な顔でいるので、ここで笑っては悪い。
でも、聞かずにはいられない。
「あの、店長。……デート、ですか?」
「えっ!?」 店長は、ビクリと肩を震わせ、珍しく狼狽した様子を見せた。
「あ、いや……古い知り合いに、会うんだ」
店長は、居心地悪そうに自分のスカートの裾をいじった。
「……『女らしい格好してこい』って、指定でな。どうにも、落ち着かないんだ」
(へぇー。酒呑童子の、古い知り合い……) たけまるさんみたいな、とんでもないのがまた出てくるんだろうか。 「なんて方なんですか?」
「……たまちゃん」 店長は、ボソリとそう返してきた。
(たまちゃん……) その可愛らしい響きに、継人は拍子抜けした。 (なんだ。デートじゃなくて、女子会か)
「そうなんですね。楽しんできてくださいね」 継人がそう言うと、店長は「ん」とだけ返し、また前髪をいじり始めた。
***
その日の夕方。バイトのあがり時間を待たずして、店長はそそくさと店を出ていった。 (ラキさんに後の店番を押し付けて)
とあるホテルのラウンジ。 店長の前に座っているのは、ビシッとしたスリーピーススーツを見事に着こなし、髪をオールバックにした、「男性」だった。
「……ふん。ちゃんと『女らしい格好』で来たんだな、酒呑」 「たまちゃん」――玉藻前は、面白そうに目を細め、店長のロングスカート姿を値踏みするように眺めた。
「お前の指定だろ」 店長は、居心地悪そうにスカートをいじりながら、タバコを取り出す。
「それより、話は本当なんだろうな。本当に『高位存在』についての情報を用意してるんだろうな?」
カチリ、とライターの音が響く。 玉藻前は、その焦ったような店長の姿を見て、鼻で笑った。
「……無粋なやつだ」




