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第四十二話

店が再開し、継人はまた店長と二人きりの店番に戻っていた。 棚は元通り(?)になり、床はきれいに掃き清められ、あの狼男が引き起こした(いや、元凶は店長だが)大騒動が嘘のように静まり返っている。


継人は、カウンターの隅で、定位置に座る店長を盗み見た。 (……) あの、この世の終わりのような泣き顔と、「やだやだ!」という地団駄が、脳裏に焼き付いて離れない。 今、目の前で気だるげにタバコをふかしている人物と、同一人物とは到底思えなかった。


「……あの、店長」

「ん」

「店長って、あんな風に泣くこと、あるんですね」 思い切って、地雷かもしれない話題を切り出してみる。 店長は、煙を吐き出しながら、面倒くさそうに、しかし素直に答えた。


「……感情が高ぶると、つい、な」

「あ、はあ」 (『つい』で、あの惨状か……) 継人は乾いた笑いを浮かべた。だが、その悪びれない(むしろ、不貞寝までした)態度を見ていると、継人の心に、ふとイタズラ心が湧いてきた。 この人を、ちょっと、からかってみよう。


「いえ、でも」 継人は、できるだけ真面目な顔を作って言った。

「店長がああやって泣くの、なんか……ギャップがあって。ちょっと、可愛かったですよ」


さあ、どんな反応をしてくるか。 「外道丸」と呼ばれた時のように、真っ赤になって恥ずかしがるか。 あるいは、「うるさい」と一喝されて、ジト目で睨まれるか。 継人は、期待して店長の反応を待った。


しかし。 店長は、継人の顔を数秒間じっと見つめ、タバコを灰皿に置くと、小首を傾げて、真顔で呟いた。


「……そういうものなのか」


「え?」 恥ずかしがるでもなく、怒るでもない。 まるで「人間の生態」についての新しいデータをインプットしたかのような、あまりにも分析的な反応。 継人は、完全に拍子抜けし、どう返事したものか戸惑ってしまった。


「あ、いや……」

「そうか」 店長は一人で納得したように頷くと、再びタバコを口にくわえ、スマホの画面に視線を落としてしまった。


(……なんか、ごめんなさい) 継人は、自分がスベったような、あるいは余計なことを教えてしまったような、何とも言えない気まずさを感じた。 その日は、そのまま何も無く、静かに時間が過ぎ、「バイト君、あがり」と告げられた。


***


継人が帰った後。 店の奥の居間で、ラキが帳簿をつけていると、店長がぬるりと入ってきた。

「おい、茨木」

「はい、お頭。何です?」

「相談がある」

「相談?」 ラキは顔を上げる。このお頭が自分に相談とは、よほど面倒なことか、あの『飴玉』の件に進展があったのかと身構えた。


店長は、気だるげに、しかし真剣な面持ちで口を開いた。

「人間というのは、どうやら……」

「はい」

「一昨日のような、私の泣き暴れを『ギャップがあって可愛い』と言うみたいだ」


「―――はぁ!?」


ラキの素っ頓狂な声が、店中に響き渡った。 彼は、あまりのことに持っていた筆を取り落とし、店長の顔を凝視する。 (あ、マジな顔してる……)


ラキは、即座に「犯人」を特定した。 (あのバイト君……! いったい、お頭に何を吹き込んでやがるんだ!?) もし、店長が「泣き暴れる=可愛い」と学習してしまったら、この店は、いや、この世は一体どうなってしまうのか。 ラキは、まだ見ぬ惨劇を想像し、一人、顔を青ざめさせた。

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