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第四十一話

昨日の臨時休業を経て、店は(見た目だけは)すっかり元通りになっていた。 ラキさんたちが昨日の「仕入れ」で補充してきた品々が、カウンターの前に並べられている。これから、それを棚に戻すのだという。


「では、説明を始めます」 店の奥から現れたのは、昨日俺が会わなかった最後の一人。ラキさんやカネさんとは違う、肩まである茶色の長髪を揺らした、妙に怜悧な雰囲気の男性――トラさんだった。 参加者は、俺を含めた6人。 店長、ラキさん、くまさん、カネさん、ホシさん、そして俺だ。トラさんは、その6人に向かって、一つ一つの品物を淡々と説明し始めた。


「まずこれ。呪詛済みの『人魚の涙』です。素手で触れると三日間声が出なくなります。必ず手袋着用のこと。次に……」


(うわ、ちゃんとした業務引継ぎだ) 昨日の狼男の一件で店長が暴れたのが元凶なのだから、真面目に聞かなければ。 継人は背筋を伸ばし、トラさんの説明に集中しようとした。


……だが、すぐに集中力は別の方向へ持っていかれた。


(……え?) 俺は、自分以外の出席者を見回す。


店長。いつもの定位置でタバコをふかしている。吐き出す煙の量が多すぎて、もはや煙幕で壁を作っているようだ。こっちを見てもいない。説明を聞いている気配ゼロ。 ラキさん。腕を組んで立っているが、目が虚空を見つめている。……あ、これ、目を開けて寝てるな。聞いてない。 カネさん。巨体を壁にもたせかけている。あ、耳にイヤホンがついてる。聞いてない。 ホシさん。カウンターの隅に座り込み、一心不乱に爪の手入れをしている。聞いてない。


(……え? え?) 継人は、唯一、真剣な顔で頷きながら聞いている、くまさんの横顔を見た。 (くまさんと俺しか聞いてないじゃん!) なんなら、ことの発端である店長が、一番真面目に聞いていない。


***


やがてトラさんの説明が終わり、品物を棚に並べる作業が始まった。継人は、くまさんの隣で『人魚の涙』(もちろん手袋着用だ)を棚に置きながら、こっそり尋ねた。


「あの、くまさん……。もしかして、今ちゃんと説明聞いてたのって、俺たちだけなんですか?」

「え?」 くまさんは、きょとんと目を丸くした。

「そうなの? ううん、みんなちゃんと聞いてるよ」

「いやいや!」 継人は、思わず声を大きくしそうになる。

「だって、ラキさん寝てたし、カネさんイヤホンしてたし、ホシさん爪いじってたし!」


「……本当かなぁ」 くまさんが不思議そうに言うので、継人は試してみることにした。

「じゃあ、ラキさん!」

「んあ?」 寝起きのラキさんが、気のない返事をする。

「さっきの『人魚の涙』、どうなるって言ってました!?」

「あ? 『三日間声が出なくなる』だろ。トラさんの説明聞いてなかったのか?」

「えっ」


「カネさん!」 カネさんは、イヤホンの片方を外した。

「あの、呪詛の次のやつ!」

「ああ、『雷神の落とし物』? 『絶対に湿らせるな』でしょ。爆発するから」

「ホシさん!」

「あーし?」 ホシさんは、爪にふーっと息を吹きかけながら答えた。

「『迷い家の地図』? 『一度使うと二度と出られない』。常識っしょ」


「「「……」」」 三人は、何でそんなことを聞くんだ、と怪訝そうに継人を見ている。 (……なんで!?) 全員、完璧に答えられた。


その時、煙幕の向こうから、店長の声がした。

「……逆にお前はどうなんだ、バイト君」

「へ?」

「トラが『雷神の落とし物』を爆発させないために、湿らせる以外に、もう一つ注意点を言っていたが」

「え……あ、あの……」


継人は、言葉に詰まった。 (やばい……) その瞬間、俺はラキさんが寝ているかどうかをガン見していた。 「……すみません、聞いてませんでした」


「っははは! ダメじゃん、バイト君!」 ラキさんが、腹を抱えて笑い転げる。

「お前こそ、ちゃんと聞いときなよ!」


くまさんは苦笑いをし、カネさんはイヤホンを戻し、ホシさんは爪の手入れを再開した。 (なんで俺だけ……) 継人は、釈然としない思いで、棚に次の品物を並べた。

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