第四十話
継人とホシが店内で片付けに追われている、まさしくその同時刻。 ラキ、カネ、トラの三人は、まったく別の場所にいた。 そこは、幾重にも連なる朱の鳥居の奥、人の世と神域の狭間に設けられた『稲荷神社・総合受付窓口』だった。
この店は、様々な世界の落とし物や遺失物――持ち主が探すのを諦めたか、あるいは届け出る(願う)ことすらしなかった品々が、最終的に流れ着くこの稲荷神社と契約を結んでいた 。昨日の店長が破損した商品を補充するため、三人はここに仕入れに来ていたのだ 。
「―――以上の品目の損耗を申請します。規約に基づき、同等価値の遺失物との交換を要求します」
窓口で、狐の耳を生やした神使の女性に対し、冷静に書類を読み上げているのは、長髪の男、トラだ 。こういった事務的な交渉事は、感情的になりがちな他の面子ではなく、常に冷静なトラに一任されている 。 その後ろで、ラキ(茨木)は「まだかよ」と欠伸を噛み殺し、カネは「早くしろ」と言わんばかりの威圧感で腕を組んでいる。彼らは、今日は荷物持ちだった 。
「……受理しました。保管庫へどうぞ」 神使が冷たく言い放つと、トラは立ち上がり、軽く一礼した。
「ありがとうございます。……明星様によろしくお伝えください」 神使の眉がピクリと動いたが、トラはそれ以上何も言わず、二人を伴って奥の『遺失物保管庫』へと向かった 。
保管庫は、体育館のようにだだっ広く、無数の棚にガラクタ(?)が詰め込まれていた。
「ったく、お頭が暴れなきゃ、こんな面倒しなくて済んだのによ」
「まあまあ、ラキ。いつものことじゃないか」
「いつものことで済ませるから、カネもトラも甘いんだっての」 三人は文句を言い合いながらも、手際よく昨日壊れた品々の代わりを見繕っていく 。
無事に荷をまとめ、ロビーへと戻ってきた、その時だった。
「……よう」 ぞろぞろと集団で現れたのは、黒い羽を背負った鴉天狗たちだった 。彼らは、かつて店を訪れた天狗とは違い、明らかに好戦的で、三人の行く手を塞ぐように立ちはだかった。
「お揃いじゃないか、大江山の残党ども」
「……」 トラが荷物を守るように一歩前に出る。
「聞いたぜ。またテメェらの大将、泣き暴れたんだってな?」 鴉天狗の一人が、下卑た笑いを浮かべる。
「店を半壊させるなんざ、随分と元気があるじゃねぇか 。……なあ」
「そんなに元気があんならよ、昔みたいにやればいいじゃねぇか」
「あ?」 ラキの声が、低くなった。
「いちいち物々交換なんかしねぇでよ。欲しいモンがあるなら、昔みてぇに―――騙して、奪い取ってくればいいじゃねぇかよ」
カッ、と空気が沸騰した。
「テメェ……!」 カネが荷物を投げ捨て、拳を握る 。 「もう一遍言ってみろ、この鳥頭が」 トラも、冷静さをかなぐり捨て、威圧する。
「やめろ、二人とも」
その二人を静止したのは、意外にも、一番短気なはずのラキだった 。 彼は、鴉天狗たちを真っ直ぐに見据える。 店長の、あの「酒呑童子」としての後悔。恋文を燃やし、人を恨み、そして今、不器用にも「人の気持ちに寄り添おう」ともがいている姿を、ラキは誰よりも近くで見ていた 。
「……」 ラキは、怒りで震えるカネとトラの肩を叩くと、鴉天狗たちの間を悠然と歩き抜ける。
「悪いな」 ラキは、振り返りもせず、背を向けたまま言った。
「お頭はもう、人を騙さねぇよ」




