第三十八話
あまりの出来事に、昨日はラキさんから
「バイト君、悪いけど今日はもうあがってちょうだい」と言われ、継人は「お、お疲れ様です……」と素直に頷いて帰るしかなかった 。 あの狼男が残したヒゲと、店長が泣き暴れた衝撃が、頭の中でぐちゃぐちゃにかき混ざっていた。
翌日。 継人は、大学に向かう前に、なんとなく店の様子が気になって足を向けた。 (……さすがに、今日は無理か) 店の古い引き戸には、『臨時休業』と書かれた札がかかっていた 。
(まあ、だよな……) 昨日の惨状を思えば当然だ。棚は倒れ、品物は散乱していた 。 (……さすがに、手伝うか) 弁償のために働いている身だ。こんな時に何もしないのは、お人よしな性格が許さない。 継人は、意を決して引き戸に手をかけた。
ガラガラ……。
「あの、手伝いに……」 店の中に足を踏み入れると、昨日とは打って変わって、シンと静まり返っていた。 そして、昨日暖簾の裏から飛び出してきたうちの一人、あの小柄な女性が、一人で黙々と床の雑巾がけをしているのが見えた 。
「すいやせん。今日、臨時休業なんすわ」 女性は、継人の方に顔を上げもせず、ぶっきらぼうにそう言った 。
「あ、あの、バイトの廻です。昨日、見てたんで……掃除、手伝います」
「え?」
継人のその言葉に、女性はようやく顔を上げた。
「あ。あんた、昨日のバイト君じゃん」 彼女は、持っていた雑巾をバケツに放り込むと、立ち上がった。
「あーし、ホシ。よろ」 短く、それだけの挨拶だった。
「廻 継人です。よろしくお願いします。……えっと、どこ掃除すればいいですか?」
「ん。じゃあ、そっちの棚、戻すの手伝って」 ホシさんの指示で、二人で黙々と片付けを始める。倒れた棚を起こし、散らばったガラクタ(?)を元に戻していく。
作業の途中、継人は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「あの……昨日の、店長の……」
「ああ、あの泣き暴れ?」 ホシさんは、手を止めずにあっさりと答えた。
「たまにあんだよね〜、アレ」
「た、たまに……」 (あれが『たまに』でもあるのか……) 継人は、軽く眩暈がした。
「他の皆さんは? ラキさんとか」
「ん? ああ、ラキさんたちは、壊れた商品の補充に出かけてる」
「じゃあ、店長は……」
「カシラ?」 ホシさんは、面倒くさそうに奥の暖簾を親指で指した。
「昨日から、ずっと不貞寝してる」
(不貞寝……) 神様相手に啖呵を切り、死神が来ても動じず、酒呑童子だと告白した、あの店長。 その本性が、ルール違反に泣き暴れ、挙句の果てに不貞寝。
継人は、目の前のガラクタを棚に戻しながら、店長のことがますます分からなくなった




