第三十七話
今日の事を、俺は多分、一生忘れることは無いだろう。
今日来た客は、狼男だった。満月でもないのに、鋭い牙と毛むくじゃらの腕を持った大男だ。 彼は、持ってきた年代物の銀のナイフを棚に置いた。だが、店内を一周し、気に入るものが無かったのか、忌々しそうに舌打ちをすると、再びそのナイフを手に取った。 持って来たものを、そのまま持ち帰ろうとしたのだ。
「あ」 俺が声を出すより早く、店長の鋭い声が飛んだ。
「待て。ルール違反だ」
「知るか。こんなガラクタばかりの店、交換する価値もない」
「ダメだ。必ず何かと交換しろ」 そこから、店長と狼男の押し問答が始まった。 (やばい……この前の風神雷神の時より、空気がピリついてる)
狼男が牙を剥き、本気で店長に掴みかかろうと腕を上げた、その時だった。 店長の顔が、くしゃりと歪んだ。
「……ルール、守れよぉ……」
「あ?」
「う……うわあああああああああん!!」
店長が、駄々っ子のようにその場に座り込み、泣いて暴れ始めた。 「ヤバい!」 俺が叫んだ、その瞬間。
バタバタバタッ! 暖簾の奥から、くまさん、ラキさん、カネさん、そして俺のまだ知らない人――肩まである長髪の男性と、くまさんよりもさらに小柄な女性――の2人を含む総勢5人が、店に飛び出してきた。 その動きは、まるで訓練されているかのように、あらかじめ決められたものだった。
「バイト君、伏せろ!」 ラキさんが俺にタックルするように抱え込み、カウンターの影に隠れさせる。
「お客さん、危ない! こっちだ!」 カネさんが、呆然とする狼男の腕を掴み、隅へと引き寄せ、守る。 そして残りの三人(くまさん、長髪のトラさん、小柄なホシさん)が、暴れる店長を抑えようと飛びかかった。
「お頭! 落ち着いて!」
「店が! 店が壊れます!」
「ホシが結界張りますから!」
だが、店長の癇癪は止まらない。
「やだやだやだ! ルール違反だもん! あいつが悪い!」 店長が地団駄を踏むたびに店が揺れ、棚から品物が落ち、ガラクタが床に散らばる。
あまりの事態に、狼男も、カネさんに守られながら呆然としていた。 彼は、この世の終わりのように泣き叫ぶ店長(酒呑童子)と、大破していく店内を見比べ、やがて深いため息をついた。
「……わかった! わかったから! 交換する! すればいいんだろ!」 狼男は、ヤケクソ気味に自分の顎から硬そうなヒゲを数本ブチリと抜き、 それを棚に叩きつけると、床に落ちていた(散らばった)ティッシュの箱を掴み取り、 逃げるように店から出ていった。
……嵐が、去った。 あとに残ったのは、ぐちゃぐちゃに荒れた店内と。
「ひっく……ぐす……」 と、まだ小さくしゃくり上げている店長。
「よしよし、もう大丈夫ですよ、お頭」
「ちゃんと交換していきましたから」と、店長を慰める四人(くまさん、カネさん、トラさん、ホシさん)。 そして、ラキさんに抱えられたまま、事の顛末をただ見つめることしかできなかった、俺だった。
 




