第三十五話
店長が、あの「酒呑童子」だ。 その事実が、継人の頭にずしりと重く居座ってから、数日が経った。 店番はいつも通りだ。店長は定位置で気だるげにタバコをふかし、継人はカウンターの隅で……暇を持て余している。
だが、継人の内面だけは、まったく「いつも通り」ではなかった。 (なんで?) 疑問が湧いては、打ち消す。 (なんで、あの酒呑童子が、こんな寂れた個人商店(のフリをした場所)で店長なんかしてるんだ?)
ラキさんたちの話や、店長自身の告白を信じるなら、彼女は平安時代に恐れられた鬼の頭領のはずだ。それがなぜ、河童や宇宙人のガラクタを眺めながら、タバコをふかしているのか。 (聞きたい。でも、聞いたらまた「外道丸」の時みたいになるか……?) 湧いては抑え、湧いては抑え。 その思考のループが、ついに限界を超えて口から溢れ出た。
「あの……店長」
「ん」
「なんで……店長(酒呑童子)が、こんな店で、店長してるんですか?」
言った。 (あーあ、聞いちゃった) どうせ、また「別に」とか「さあ」とか、気だるげにはぐらかされるんだろうな。継人は、半分そう思っていた。
店長は、タバコの煙をゆっくりと天井に向かって吐き出した。 ジト目が、窓の外の(何も変わらない)景色を、ぼんやりと眺めている。 やがて、彼女は、継人が予想もしなかったほど素直に、語り始めた。
「……昔な」
「はい」
「ラキたちから聞いたか知らんが、恋文、捨ててさ。それで、色んなヤツに恨まれたんだ」 店長は、過去を思い出すように、目を細める。
「まあ、色々あって……それ、結構、後悔しててな」
(後悔……) 継人は、意外な言葉に耳を疑った。
「今度は、ちゃんと……人の気持ち、ってヤツに寄り添ってみようと思ってさ」
「……」
「そん時に、この店のこと、紹介してもらったんだ」
店長は、そこで初めて継人の方を見た。
「私、こう見えても腕っぷしは強いんだ。だから、この店を守るにはちょうどいいだろ」 (……風神雷神相手にも引かなかったですもんね) 継人は、黙って頷く。
「それに、ここなら色んな人……人間も、そうじゃないのも、たくさん見れるしな」 店長は、そう言うと、ふう、と最後の煙を吐き出してタバコを灰皿に押し付けた。
「だから、店長、させてもらってる」
(……) 継人は、呆気にとられていた。 (今までで、一番長く会話したんじゃないか……?) はぐらかされるどころか、動機の核心部分を、全部教えてくれた。
憑き物が落ちたみたいに淡々と、しかし真っ直ぐに話してくれた店長の顔を見ていると、継人の胸に、また別の疑問が湧いてきた。 (じゃあ、なんで女の姿なんですか? とか) (『紹介してもらった』って、誰に? たけまるさん? それとも……)
だが、今日はもういいか、と継人は思った。 この、気だるげで、面倒くさがりで、口癖のように「私は人を騙さない」と言う(そして、多分本当に酒呑童子な)人のことを、ほんの少しだけ、ちゃんと知れた気がしたから。




