第三十二話
「いやー、カネが掃除当番だと、こうやって油売るからダメなんだよな」 ラキは、継人とカネの二人を交互に見て、楽しそうに笑っている。
「ラキさんこそ、様子見に来たんじゃないんですか?」
「まあまあ。あ、そういえば」
ラキは、何かを思い出したように、ポンと手を打った。
「バイト君、遅くなっちゃってごめんね。前に話してた、お頭の『弱み』なんだけどさ」
「あ!」 継人は思わず声を上げた。すっかり忘れていたが、ラキと二人きりになった時に、はぐらかされたままになっていた話だ。
「え、あの話するの?」 隣で聞いていたカネが、強面の顔でニヤニヤと笑う。
「いいじゃん、別に。バイト君、お頭に気に入られてるみたいだし」 ラキは、店の入り口(店長がいるかもしれない方向)を気にしつつも、声を潜めて継人に顔を近づけた。
「あの人、今タバコばっか吸ってるだろ?」
「はい、まあ……愛煙家ですよね」
「あれ、本当はお酒が大好きなんだよ。大好きなんだけど……昔、そのお酒でとんでもない失敗やらかしてさ」
「失敗?」
「そう。だから今は代わりにタバコにしてんの」
「はあ……」
「でも、やっぱりお酒の代わりにはならないみたいでさ。そんで、いつも元気ない(気だるげな)の」 ラキは「可哀想だろ?」とでも言うように肩をすくめる。
「あの時のお酒は、僕たちも本当にえらい目にあっちゃったもんねえ」 カネが、心底うんざりしたように、しみじみと続けた。
「あの時は、お頭、ほんっとに悪酔いしてたもんな!」 ラキも、思い出し笑いのように同意する。
(弱点って……酒の失敗の話かよ) 継人は、拍子抜けして内心呆れていた。確かに人間味はあるが、ラキがあそこまで勿体ぶるほどの弱みとも思えない。
「あ、あとあれも」 カネが、何かを思いついたように付け加えた。
「昔、ラブレターをいっぱいもらったらしいんだけど、読まずに全部捨てた(燃やした) らしくてさ。それで色んなヤツに恨まれて、恨まれすぎて……」
カネは、強面の顔で、実に可愛らしい笑顔を浮かべながら、とんでもないことを言った。
「『鬼』になった こととかも、弱みじゃない?」
「あー、それな!」 ラキが、腹を抱えて笑いながらカネの言葉に乗っかった。
「……」 継人は、笑う二人を前に、固まっていた。 (……今) (『鬼』って、言ったか?)




