第三十一話
大学の一限が、教授の都合でいきなり休講になった。 まだ朝の十時前。空いた時間をどうしようか。友人たちを誘ってどこかへ遊びに行こうかとも思ったが、ふと、ある考えが頭をよぎった。
(そういえば、この時間帯のバイト先の様子って、見たことないな)
いつもは大学が終わった夕方からしか行かない。あの店長や、他の従業員(?)たちは、昼間は何をしているんだろうか。 好奇心が勝ち、継人の足は自然と町外れの店へと向かっていた。
店が見えてくる。今日は店長が外でイラついている様子はない。 代わりに、店の前を誰かが箒で掃除していた。
(……誰だ?) ラキさんでも、くまさんでもない。ましてや店長のはずがない。 非常に大柄な男だった。継人も180cmと背は高い方だが、その男はさらに頭一つ分はデカい。ガッシリとした筋肉質な体躯が、作業着の上からでも分かる。 (また黒髪の短髪だ……) この店の従業員は、黒髪短髪で揃えるルールでもあるんだろうか。ラキさん、くまさん(女性だが)に続き、三人目だ。
継人は、物音を立てないようにゆっくりと背後から近づき、声をかけた。
「あの、すみません」
「わっ!」
大男は、その強面な顔に似合わない、素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。その巨体がビクリと震える。 振り向いた男は、継人の顔をまじまじと見つめ、やがて合点がいったように目を丸くした。
「あ! 君が噂のバイト君だね! くまちゃんから聞いてるよ!」 (くまちゃん……) 強面なのに、口調は妙に柔らかくて、可愛らしい。そのギャップに継人は戸惑う。
「あ、はい。廻 継人です。ここでバイトしてます」
「やっぱり! 僕はカネっていいます。よろしくね、継人くん」 大男――カネは、分厚い手を差し出し、人懐っこそうに笑った。
「カネさん、ですか。カネさんも、ここの従業員なんですね」
「うん、まあ、管理の手伝いみたいなものかな」
「まだバイトの時間じゃないでしょ? どうしたの?」
「あ、大学が休講になって、なんとなく様子見に来ちゃいました。カネさんも、こうやって店番とか立つことあるんですか?」 継人が立ち話を続けていると、店の奥から聞き慣れた声が飛んできた。
ガラガラガラ……。 引き戸が開き、ラキが顔を出す。 「おーい、カネクマ! まだ掃除終わらんの? お頭が……」 そこでラキは、カネと立ち話をしている継人に気づき、目をパチクリさせた。
「あれ? バイト君じゃん。どしたの、こんな朝早くから」 ラキは、状況をすぐに理解したようで、ニヤニヤしながら話に加わってきた。
***
一方、その頃。店の中。 カウンターの定位置では、店長が一人、タバコをふかしながらラジオの音に耳を傾けていた。 掃除に出て行ったはずのカネも、様子を見に行ったはずのラキ(茨木)も、一向に戻ってこない。 外から、何やら三人の楽しげな話し声が聞こえてくる。
「……」 店長は、ふう、と紫煙を吐き出した。 「ミイラ取りがミイラか」 気だるげな呟きだけが、静かな店内に溶けていった。




