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第二十八話

くまさんとの店番は、店長といる時とはまた違う静けさがあった。店長がいる時の気だるい沈黙とは異なり、くまさんは真面目に棚の(ガラクタの)埃を払ったりしていて、心地よい緊張感がある。


ガラガラガラ……。


その日、初めての引き戸の音に、継人とくまさんは同時に顔を上げた。 入ってきたのは、顔が青白く、異様に背の高い壮年の男性だった。仕立ての良い、しかし時代錯誤な燕尾服えんびふくを着て、その上から大きな黒いマントを羽織っている。


(うわ……コスプレ?) 昨日までの天狗や宇宙人、妖精と比べれば、まだ「人間」の範疇はんちゅうに見える。 男は、店の中をぐるりと一瞥いちべつすると、継人たちに向き直り、滑らかだがまったく聞き取れない言語で何かを話し始めた。


「%#&*@……」


「「……?」」 継人は「あ、やべ、分からない」という顔になり、慌てて横のくまさんを見た。くまさんも、まったく同じ顔をして困惑していた。


(どうする? でも、客は客だ) 継人は、接客モードに切り替え、一歩前に出た。 「いらっしゃいませ!」 とりあえず、笑顔で挨拶し、男に近づいていく。


「#@%&!」 男は、話の途中で突然近づいてきた継人に気づき、明らかに警戒の色を強めた。持っていたステッキを握り締め、一歩後ずさる。

「あ、め、廻くん!」 くまさんも、男の剣幕に気づき、慌てて継人を追いかけてきた。


(まずい、警戒させちゃった) 継人は、それが自分の失敗だと分かり、慌てて弁解しようと両手を前に出した。

「あ、違います、怪しい者じゃ……!」


パシィッ!


乾いた音が響いた。 男が、継人の差し出した手を、持っていたステッキで鋭く叩き払ったのだ。

「いっ……!」 叩かれた手の甲に、じんと痛みが走る。


「―――っ!」 次の瞬間、さっきまで困惑していたくまさんが、低い唸り声を上げた。

「廻くんに、何するんだ!」 彼女は継人の前に躍り出て、マントの男を真正面から睨みつける。その姿は、店長やラキとは違う、真摯しんしな怒りに満ちていた。

「%#*@!!(何だ貴様は!)」 男も、くまさんの威嚇いかくに一歩も引かず、ステッキを構える。一触即発の空気。


「わ、わーっ! ストップ、ストップ!」 継人は、慌てて二人の間に割って入った。

「くまさん、大丈夫! 俺、なんともないから!」 継人はくまさんを制止し、男に向き直ると、尻ポケットからスマホを取り出した。 (こういう時の、翻訳アプリ!)


継人は、アプリを起動し、マイクボタンを押して男に差し出した。

「すみません、日本語、話せませんか?」

『Sorry, can you speak Japanese?』

「%#@……」 男は、継人の行動に一瞬戸惑ったが、やがてスマホが何を意味しているか理解したらしい。彼は、咳払い(せきばら)いを一つすると、スマホに向かって、先ほどとは違う、ややなまりのある英語で話し始めた。


『……失礼。この店は『人間』の立ち入りを禁じていると聞いていたものでね。いきなり近づいてきたから、少々驚いた』

「え? あ、俺、ここのバイトなんです!」

『A part-timer? Ho. A human?』

『はい! 店長に許可貰ってます!』


何度かのやり取りの後、男は警戒を解いたようだった。ステッキを降ろし、継人に向かって、芝居がかった仕草で深く頭を下げた。

『……非礼を詫びよう、若き人間よ。このばしょのルールを破ったのは私の方だった』

「あ、いや! 俺も急に近づいちゃって、すみませんでした!」 継人も慌てて頭を下げる。


男は、棚から何か古びた銀のゴブレットを選び、代わりに懐から出した小さな銀貨を棚に置くと、満足そうに頷いた。 「また来るよ」 男がそう言って笑うと、その口元から、鋭い犬歯が覗いているのが見えた。 (……牙?) 男は、マントをひるがえし、優雅な足取りで店を出ていった。


「……」 客が帰ると、店内の緊張が嘘のように解けた。 くまさんが、落ち込んだ様子で継人に頭を下げた

「ご、ごめんなさい、廻くん……! すぐ前に出たのに、結局、守れなくて……!」

「え? いや、そんなことないです!」 継人は、さっき叩かれた手の甲をさすりながら、笑顔で答えた。


「くまさんが前に出てくれたから、あの人も止まってくれたんですよ。助けようとしてくれて、ありがとうございました」

「廻くん……」 くまさんは、継人のその言葉に、少しだけ顔を赤らめた。 二人の間に、店長やラキといる時とは違う、「仲間」としての絆が少しだけ生まれた気がした。

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