第二十七話
「ん。バイト君、あがり」 店長にそう告げられ、継人は「お疲れ様です」と帰り支度を始めた。いつもの流れだ。 だが、今日は店長が気だるげに言葉を続けた。 「……悪いんだけど、明日、私がまた出張」
「あ、じゃあ休みですね」 継人が喜色を浮かべると、店長は「いや」と首を振った。
「明日は『くま』が店に立つから、バイト君も一緒にいて欲しい」
「え?」 (休みじゃないのか……) 継人は一瞬ためらったが、どうせやることもない。
「……まあ、いいですけど。どうせ客も来ないだろうし」
「そうか」
継人が承諾した瞬間、店長の口から「ほぅ……」と、明らかに安堵のため息が漏れたのを、継人は聞き逃さなかった。
***
翌日。 継人が店の引き戸を開けると、カウンターの中には、あの日――継人が初めてこの店を訪れた日――に暖簾の奥から出てきた、あの短髪の女性が立っていた。
「あ! どうも!」
「あ、あなたが廻くんですね! お頭……じゃなくて、店長から聞いてます!」 女性は、店長やラキとは違う、快活で真面目そうな笑顔を向けた。
「廻 継人です。よろしくお願いします」
「くまです。よろしくね、廻くん!」
(お、廻くんって呼んでくれるんだ) バイト君、という雑な呼ばれ方に慣れていた継人は、それだけで少し嬉しくなった。 くまさんは、見た目に違わずとても話しやすい人だった。
「従業員って、ラキさんと、くまさんだけですか?」 「ううん。私とラキの他に、ホシさん、カネさん、トラさんっていう人たちも、ここの管理を手伝ってるんだよ」
「へえ、結構いるんですね」
「今日は店長、ラキと一緒に出張してるみたいだけど。大変じゃなきゃいいけど……」 くまさんは、少し心配そうに窓の外を見る。
継人は、ふと、前にラキが言いかけた「店長の弱み」という言葉を思い出した。 くまさんなら、教えてくれるかもしれない。
「あの……くまさんから見て、店長って、どんな人なんですか?」
「店長?」 くまさんは、きょとんと目を丸くした後、少し考えるように天井を見上げ、そして、心から尊敬しているという顔で笑った。
「優しくて、強い方ですよ」
「優しい……ですか」 継人は、くまさんの言葉を反芻する。 (優しい……のか?) 今までの店長との会話を思い出す。 確かに、天狗の接客で失敗した時、「人間相手じゃないんだ、やり方も学んでいけばいいさ」と励まされたことはあった 。 だが、それ以外は……。 質問しても、大体は上の空のような返事ばかり。飴玉のことも、はぐらかされ続けている。顔に米粒がついてると真顔で指摘されたりもした。
(……あれが、優しい、のか……?) 継人は、くまさんの笑顔に曖昧に頷き返しつつも、首を傾げたくなった。




