第二十三話
今日の店長は、スマホをカウンターに置きっぱなしにして、分厚い雑誌を読み耽っていた。 (……なんの雑誌だ?) 継人は、カウンターの隅からそっと盗み見る。表紙には、見たこともない象形文字のようなものが踊っており、どう見ても人間の出版物ではなかった。
(まあ、この店だしな……) もう、いちいち驚くのはやめにしていた。 継人が自分の大学のレポート(まだ終わっていなかった)の続きをやろうとノートパソコンを開いた、その時だった。
ピリリリリ……!
カウンターに放置されていた店長のスマホが、着信を告げた。 店長は「んー」と気のない声を出しながら、雑誌から目を離さない。 継人は、そのスマホの画面に表示された文字が、意図せず目に入ってしまった。
『たけまる』
(たけまる……?) 男の名前だろうか。店長は、ようやく雑誌から視線を上げると、面倒くさそうに、しかしどこか弾んだ様子で通話ボタンをタップした。
「……どした〜?」 今回は、暖簾の奥には行かず、店先で出たままだ。 その声は、いつもの気だるげなトーンはそのままに、明らかに嬉しそうな響きを帯びていた。
(あ、彼氏とか、そういうのかな) 継人は妙に納得した。この店長にも、そういう相手が一人や二人いてもおかしくない。 店長は、タバコに火をつけながら会話を続けている。
「ん? ああ、そう。バイト、新しく入ってる」 (あ、俺のこと話してる)
「そう、人間の……うん、まあ、ちょっと色々あってな」
店長は、雑誌のページをめくりながら、楽しそうに相槌を打っている。
「あ? 見に来るの? ……今から?」 店長が、少し驚いたように聞き返した。
「いや、別にいいけど……って、もう近くにいんのかよ」
店長が呆れたようにそう言った、まさにその時だった。
ガラガラガラ……。
あの、古びた引き戸が開く音が、店内に響き渡った。




