第二十一話
店長が「酒呑童子だ」という冗談(?)を言ってから、また数日が過ぎた。 今日も、店には俺と店長しかいない。棚に並んだガラクタをぼんやりと眺め、時折タバコの煙が空気を揺らすのを眺めるだけの、平和で暇な時間だ。
ガラガラガラ……。
その音に、継人は脊髄反射でカウンターから顔を上げた。
「いらっしゃいませ!」 元気よく挨拶をしようと、客の方へ一歩踏み出した。
その瞬間、世界が真っ暗になった。
「―――っ!?」 温かく、少し乾いたものが、継人の両目を覆っている。 何が起きたか理解するのに、数秒かかった。 (……手? 店長の?) 背後から、店長が俺の目を塞いでいる。
「て、店長!? 何してるんですか!」 声を上げようとした、その時。 耳元で、これまで聞いたこともないほど冷たく、低い声が囁いた。
「喋るな」
ゾクリ、と背筋が凍る。
「このまま目ェ瞑って、黙って裏に行ってろ」 有無を言わせぬ命令。継人は、なされるがまま、目を塞がれた状態で数歩、暖簾の方へ後ずさる。 「……裏に行ったら、耳も塞いでろ。私がいいって言うまで、絶対こっちに来るな」
「……!」 継人は声にならない悲鳴をこらえ、こくこくと必死に頷いた。
パッ、と手の感触が離れる。継人は言われた通り、目を固く閉じたまま、手探りで暖簾をくぐり、奥の居間まで転がり込んだ。 そして、床にうずくまり、両手で力いっぱい自分の耳を塞いだ。 (な、なんだよ、今……。一体、誰が……) 心臓が、耳を塞いだ手のひらの下で、ドクドクと警鐘のように鳴り響いていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。 五分か、十分か。永遠のようにも感じられた沈黙の後、肩を強く揺すられた。 「!」 ビクッと体を震わせて顔を上げると、いつもの気だるげな顔に戻った店長が、ジト目で俺を見下ろしていた。
「……もう、いいぞ」
「あ……」 継人は、震える足で立ち上がり、おそるおそる店長の後に続いて店のカウンターへ戻った。 客の姿は、もうどこにもない。
だが、棚の上が変わっていた。 あの日、宇宙人が置いていったボイジャーのゴールデンレコードが、無くなっている。 そして、それが置かれていた場所には、一本の、火の灯っていない古びた蝋燭が、ポツンと置かれていた。
「……店長。今、なんだったんですか?」
「ああ」 店長は、新しいタバコに火をつけながら、事もなげに言った。
「死神だよ。あの蝋燭、持って来たんだ」
「し、死神……」
「ん。見てたら死んでたぞ、バイト君」
カチリ、とライターの音が、やけに大きく店に響いた。




