第十八話
翌日は、久しぶりに朝から雨が降っていた。 ザー、ザー、と古い店のトタン屋根を叩く雨音が、やけに大きく店内に響いている。 客が来る気配は、当然ない。 継人はカウンターの隅で、店長は定位置の椅子で、二人して黙ってその雨音を聞いていた。
(……昨日、友だちは『一人』って言ってた) 継人の頭には、昨夜の違和感がこびりついていた。 酔っていたとはいえ、自分には確かに三人(店長、ラキ、短髪の女性)が見えていた。だが、友人たちには店長しか見えていなかった。 それは、あの『飴玉』のせいだ。 この雨音だけの静かな空間が、継人の背中を押した。
「あの、店長」
「……ん」 店長は、タバコの煙を吐き出しながら、気だるげに相槌を打つ。
「やっぱり、俺が食べたあの飴玉……アレ、良くないモノなんでしょうか?」 直球で、ずっと聞けなかった疑問をぶつけた。
店長は、継人の顔をジト目で見つめたが、答えなかった。 代わりに、問いを返してきた。
「……あれから、体に何か変化はあるか? バイト君」 「!」
「見えすぎるようになったとか、逆にどこか見えにくいとか。変な声が聞こえるとか」
「そ、そういうのは、別に……」 継人は、思わずムキになって言い返した。
「そんなん聞くってことは、やっぱりヤバいやつじゃないですか!」
「……」 店長は、継人の抗議を無視するように、ふいと視線を窓の外の雨に向けた。
「変化が無いなら、大丈夫だ」 それだけだった。 これ以上聞くな、という無言の圧が、雨音と共に店を満たしていく。
(……ダメだ。答えてくれない) 継人は話題を変えることにした。昨夜の、もう一つの疑問だ。
「……そういえば店長。昨日、夜、会いましたよね」 「ん?」
「駅前の飲み屋街で。俺、友だちと飲んでて」 てっきり「なんのことだ?」とか「人違いだろ」と、はぐらかされると思っていた。 だが、店長の答えはあっさりしたものだった。
「ああ。街でな」
「え……」 あまりに普通に認められたので、継人は少し肩透かしをくらった。
「あ、やっぱり。一緒にいたの、ラキさんと……あと、俺が最初の日に会った、あの短髪の女の人ですよね?」 継人がそう尋ねると、店長は一瞬きょとんとし、それから、くつくつと喉を鳴らして笑い始めた。
「ラキ……。ラキ、ねえ……」 タバコを挟んだ指先を震わせ、実に楽しそうに笑っている。
「そしたら、もう一人はやっぱり『くま』だな」 「……くま?」
「ああ、うん。クマだ」 店長は、ツボに入ったのか、笑いをこらえながらスマホの画面に視線を落とした。
(クマ……?) 継人は、店長の意図がまったく読めなかった。 (この人の笑いのポイント、いまいち分かりづらいな……) 結局、昨夜の違和感の正体も、飴玉のことも、何一つ解決しなかった。




