第十五話
天狗が来た翌日。 まさかとは思ったが、二日続けて引き戸が開く音がした。
(嘘だろ……) 継人はカウンターの中で固まった。 入ってきたのは、昨日とはまた違うタイプの「客」だった。
(……知ってる。これ、テレビで見たヤツだ) 灰色の肌。異常に大きな頭と、真っ黒でつり上がった巨大な目。細くか弱い手足。 ステレオタイプな「リトルグレイ」そのものだった。 継人はゴクリと唾を飲む。
(……写真撮りたい。いやダメだ。お客さんを無断で写真なんか撮ったらダメだ) 継人は必死でその衝動を抑え込み、代わりにその姿を目に焼き付けようと凝視した。
「い、いらっしゃいませ……」 恐る恐る声をかけると、リトルグレイは継人の方を向き、真っ黒な瞳でじっと見つめてきた。
(うわ、目、こわっ) 怯みそうになるのをこらえ、継人は接客のために一歩踏み出した。
「あ、あの……何か、お探しで……」 すると、リトルグレイは口(らしき穴)を開き、甲高い音を発した。 「@¥#%*+!!」
「えっ?」 まったく聞き取れない。言語ですらない、ノイズのような音だ。
「あの、もう一度……」
「%#! @¥##!!」 リトルグレイは細い手を振り回し、明らかにイライラした様子で何かをまくし立てている。 (な、なんか怒ってる!?)
継人がタジタジになっていると、カウンターの奥から、これまで聞いたこともない音が響いた。
「くっ……ふふ、あはははっ!」
「え?」 継人が振り返ると、店長が腹を抱え、肩を震わせて笑っていた。いつも気だるげな彼女が、声を上げて爆笑している。
「て、店長!?」
「あー……っはっはっは! す、すみませんね、お客さん。うちのバイト、まだそっちの言語インストールしてなくて」 店長は笑い涙を拭いながら、リトルグレイに流暢な(ように聞こえる)ノイズ音で応対している。
「%#! @¥##!!」
「いやいや、本当に面白いセンスだ。そう言ってやんないでくださいよ……はっはっはっ」
(会話してる……) 継人が呆然と見ていると、リトルグレイはフン、と鼻を鳴らす(ように見えた)仕草をし、持っていた円盤状の物体を棚に置いた。 それは、金色に輝くレコード盤だった。表面には、見慣れた記号や図形が刻まれている。
(あ……!) 継人は、それに釘付けになった。 (これ、知ってるぞ。ボイジャーのゴールデンレコードだ……!) かつて、人類が地球外知的生命体へ向けて打ち上げた、地球の音や文化を記録したメッセージ。
(なんで、こんな所に……。いや、『宇宙人』が持ってきたのか) リトルグレイは、棚から何か別のガラクタ(青白く明滅する鉱石だ)を手に取ると、満足そうに店を出ていった。
「……」 継人は、棚に置かれたままのゴールデンレコードを、複雑な思いで見つめていた。 (人類の夢とか希望とか、そういうのを乗せて宇宙に行ったモンが……こんな形で地球に『帰って』きちゃうなんてな) しかも、物々交換の品として棚に置かれたということは。
(これまた、誰か別の……河童とか、天狗とかの手に渡るんだろうか) そう思うと、なんだかひどくショックで、虚しい気分になった。




