第十四話
その日のバイト中も、店は暇だった。 継人がカウンターの中でぼんやりと棚を眺めていると、久しく聞いていなかった引き戸の音がした。
ガラガラガラ……。
「いらっしゃいま――」 継人は、入ってきた客の姿を見て、言葉の途中で凍りついた。
(……天狗だ)
継人でも、一目でわかる。 真っ赤な顔。ありえないほどに高い鼻。山伏のような、入り組んだ装束。そして、カラン、コロン、と床を鳴らす一本歯の下駄。 あまりにもステレオタイプな「天狗」そのものだった。 (コスプレ……? いや、だとしたらクオリティが高すぎる) 何より、その目。天狗は、店に入ってくるなり、継人を虫ケラでも見るかのように、あからさまに見下していた。
「……」 継人は一瞬怯んだ。だが、先日の花の神の一件で、少しだけ自信がついていた。 (相手が誰でも、客は客だ) お人よし精神を発揮して、継人はカウンターから一歩踏み出した。
「い、いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」
天狗は、継人の声など聞こえていないかのように無視し、棚に並んだ品々を品定めし始めた。その尊大な態度に、継人はムッとしたが、笑顔を貼り付ける。
「あの、もしよろしければご案内……」
「……」
「何かお持ちになられましたか? こちらの棚に置いていただく形で……」
「……」
継人が必死に接客(?)を試みるほど、天狗の額に青筋が浮かんでいくのが見えた。 やがて、天狗は品定めをやめ、継人をギロリと睨みつけると、カウンターの奥にいる店長に向かって、地響きのような不機嫌な声を放った。
「おい、大江山の」
(おおえやま?) 継人がその呼び名に疑問符を浮かべる。
「こいつを後ろに下げてくれ。うるさくて品定めもできんわ」
「あ、」 継人が固まる。 カウンターの奥で、店長が今日一番深いため息をついた。
「……あぁすまなかったね、天狗さん。ウチのがどうも」 気だるげに椅子から立ち上がると、店長は継人の方へ歩いてきた。
「ちょ、店長、俺は別に……」
「はいはい」 店長は継人の抗議を無視すると、その細腕で、継人の首根っこをひょいと掴んだ。
「うわっ!?」 まるで出来の悪い猫の子のように、継人はそのままズルズルとカウンターの内側まで引きずられていく。
「これで静かに見られるだろ」 店長が言うと、天狗は満足そうに鼻を鳴らし、再び品定めに戻っていった。
***
無事に天狗が(どうやら『天狗の葉団扇』を置いて、別の何かと交換して)帰っていった後。 継人はカウンターの隅で、気まずそうに縮こまっていた。 (……完全に邪魔者扱いだった) 接客が成功したのは、まぐれだったのかもしれない。
カチリ、とライターの音。 店長が新しいタバコに火をつけ、紫煙を吐き出す。
「……すみません。足手まといでした」
「気にするな」 店長は、気だるげに煙をくゆらせながら言った。
「相手は人間じゃないんだ。あんたのやり方が全部通じると思うな」
「……はい」
「まあ、やり方もこれから学んでいけばいいさ」
「え……」 継人が顔を上げる。それは、紛れもない励ましの言葉だった。 店長は、もう継人のことなど見ておらず、ぼんやりとラジオに耳を傾けていた。




