第十三話
「いいかい? バイト君。ウチのお頭はさ、昔――」 ラキが声を潜め、決定的な何かを暴露しようとした、まさにその瞬間だった。
ガラガラガラ……。
店の入り口、あの古い引き戸が開く音がした。 「!」 ラキの表情が、おしゃべりな男のものから一瞬で「店番」のそれに切り替わる。
「いらっしゃい!」 彼は素早く立ち上がると、「ちょっと待ってて」と継人に目配せし、暖簾をくぐって表のカウンターへと出ていった。
継人は居間に一人残され、壁越しに店の様子を伺う。 (うわ、タイミング悪すぎだろ……) あと数秒早ければ、店長の「弱み」が聞けたかもしれないのに。
店の方からは、客のものらしき、ごにょごにょとくぐもった声が聞こえる。人間の言葉とは少し違う響きだ。 それに対し、ラキの明るい声が応対している。
「ああ、それね! ちょうど昨日入ったとこ! そうそう! 今日の店番、人間じゃないんですよ〜。俺なんで、安心してください!」
(人間じゃない……?) 継人はゴクリと唾をのむ。ラキも、あの短髪の女性も、そして店長も、人間ではないということだろうか。
バサッ、と暖簾がめくれ、ラキがこちらに顔を出した。
「ごめん、バイト君。ちょっと長くなりそうなお客さんだからさ」 ラキは申し訳なさそうに、居間の隅にある勝手口を指差した。
「悪いんだけど、今日はこっちの裏口から出といてくれる?」
「あ、はい……」
「弱みの話の続きは、また今度な!」 ラキは片目をつぶると、慌ただしく店のカウンターへと戻っていった。
(結局、何一つ教えてもらえなかった……) 継人は、古い木造の裏口を開けながら、深いため息をついた。 あの「飴玉」のことも、店長の「弱み」も、何もかもが中途半端だ。
***
翌日。 継人は、大学の講義を終えると、昨日とは違う重い足取りでバイト先へ向かった。 ガラガラガラ……。 引き戸を開けると、そこには見慣れた光景が戻っていた。 気だるげにカウンターの椅子に座り、タバコをふかしながらスマホをいじっている、店長。
(この人の、弱み……) 継人は、昨日のラキの言葉を思い出す。 一見すると隙だらけに見えるが、あの飴玉の一件以来、この店長が底の知れない存在であることは嫌というほど分かっている。
「……あの、店長」 継人は意を決して話しかけた。 カチ、とスマホの操作音が止まる。店長は、スマホから顔を上げ、ジト目でじっと継人の顔を見た。
「昨日、バイト休みだったんで店に来たら……ラキさん? って人が店番してて」 「……」 店長は何も答えない。ただ、無言で継人を見つめている。 その目には、いつもの気だるさとは違う、何かを射抜くような圧があった。
(う……) 継人は、その視線に押されてしまった。 (やべえ、弱みのことなんて聞ける雰囲気じゃねえ……!) 咄裟に、頭に浮かんだ別の、しかし前から気になっていた疑問を口にしていた。
「あ、あの! あの飴玉の弁償のことなんですけど!」 「……ん」
「俺、こうしてバイト代貰っちゃってるじゃないですか。だから、このバイト代から弁償分を引いてもらって、解決って……わけには、いかないですかね?」 我ながら、情けない質問だと思った。
店長は、継人の顔を数秒間見つめた後、ふい、と視線をスマホに戻した。 そして、タバコの煙と共に、一言だけ吐き捨てた。
「ダーメ」
その一言で、会話は終わった。 店には、またラジオのノイズと、スマホをタップする音だけが響き始めた。




