エピローグ
術式の淡い光が消え、がらんとした店には静寂が戻った。床には、眠り込む継人が横たわっている。 店長は、その隣に立ち尽くしたまま、いつの間にか姿を現していたぬらりひょんに向き直った。
「……という訳だ、婆さん」 店長は、疲れた声で言った。
「私は、人間とは縁を持たない。これで分かったろ」
ぬらりひょんは、初めて店長――酒呑童子の、その頑なな信念の根幹に触れた気がした。 人に寄り添いたいと願いながら、誰よりも人との交わりを拒む、その矛盾した在り方を。
「……やれやれ。この、頑固者が」 諦めたように、深く息を吐き出す。
「……好きにしな」 それだけ言い残し、ぬらりひょんは音もなく店から去っていった。
「……」 店長は、ぬらりひょんが消えた扉を一瞥すると、今しがた暖簾の裏から姿を現したモエに向き直った。
「……お前も、ここまでご苦労だったな」
モエは、眠る継人の顔を見つめながら、小さな声で尋ねた。
「……本当に、全部……忘れちゃってるの?」
「ああ」 店長は頷く。 「一応、お前のことは……出会ったこと自体を消して、『大学で見かけたことがある気がする子』くらいの認識まで下げといた」
「……」
「お前が、このまま大学に通い続けることもできるぞ? こいつは気づかん」
モエは悩んだ。 自分は継人を騙し続けてきた。このまま何もなかったかのように、友人のフリをしてそばにいて良いのだろうか。 だが――。
「……ううん」 モエは顔を上げた。
「私は、私の意思で、もうしばらくこの子のそばにいる」 「……」
「ほら、万が一、何かの拍子に思い出したりしたら大変でしょ? ……監視が必要じゃない?」 それは、半分以上が、自分自身への言い訳だった。
「……分かった」 店長は、それ以上何も聞かず、ただ頷いた。
「……尻尾は出すなよ?」
「分かってるよ!」
***
ラキたちが、手際よく半壊した店の片付けを始める。 店長は、眠る継人を駅のベンチまで運ぶつもりだった。
「トラ」
「はい」
「バイト君のスマホから、私や店に関わる連絡先、全部消しとけ」
トラは、継人のポケットからスマホを取り出し、慣れた手つきで操作を始める。 店長やラキたち、そして店の番号と思しき連絡先を削除していく。 ふと、トラの手が止まった。
「……お頭」
「ん?」 トラは、スマホのメモ帳アプリを開いた画面を店長に見せた。
そこには、『店長直伝! 激ウマ味噌汁レシピ』と書かれたメモが残っていた。
「……これは、どうしますか?」
店長は、そのメモを見つめ、そして、ほんの少しだけ、優しく笑った。
「……ああ。それは、残しといてやってくれ」
「……土産だ」




