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最終話

(……なんか、ボーっとする) 大学の授業も終わり、継人は当てもなく町を歩いていた。 頭にモヤがかかっているような、何か大切なことを忘れているような、そんな感覚がずっと抜けない。

(……何だったっけ) 思い出せそうで、思い出せない。


とりあえず、次のバイトを探さなければ。 継人は、商店街の貼り紙や求人雑誌に目を通すが、時給や仕事内容を見ても、あまりピンとこない。 前のバイト先が、いくら変な店だったとはいえ、妙に居心地が良かった気がする。


フラフラと歩いているうちに、いつの間にか継人は町外れまで来ていた。 そこには、店などなく、ただポッカリと空き地が広がっているだけだった。個人商店が一軒くらいは入りそうな、手頃なスペース。


(……あれ? こんなとこ、空き地だったっけ?) 継人は首を傾げた。前のバイト先は、確かこの辺りだったはずだ。 (じゃあ、何があったんだっけ……) 思い出せない。

(まあ、いいか。こっちの方には求人なさそうだしな) 引き返そうとした、その時だった。


ふわり、と。 風に乗って、どこか懐かしい匂いがした。 (……タバコの、匂い)


途端、継人の頭の中に、忘れていたはずの言葉が響いた。


『―――目で見ても分からない事は多いぞ、バイト君』


(……誰だっけ) 誰が言った言葉だったか、思い出せない。 『バイト君』と呼ぶってことは、前のバイト先の人だろうか。 気だるげで、でも、どこか優しい声だった気がする。


継人は、その場に立ち尽くし、必死に思い出そうとした。 忘れてはいけない、大切な「何か」があったはずだ。 なのに、何も浮かんでこない。 その、どうしようもない喪失感に、なぜか、涙が溢れてきた。


(……なんで、俺、泣いて……?) 理由は分からない。ただ、悲しくて、寂しくて、涙が止まらなかった。 道端で立ち尽くして泣いてる奴なんて怪しすぎる。継人は、慌てて空き地の隅に寄り、俯いた。 それでも、涙は止まらなかった。


「……あの」 背後から、心配そうな声がかかった。

「大丈夫ですか?」


振り返ると、知らない女性が、困ったような顔で立っていた。

「あ……だ、大丈夫です。すみません」 継人は、涙を乱暴に拭い、その場を後にしようとした。 すると、その女性に、そっと袖を掴まれた。


「……お節介かもしれないですけど」 女性は、優しい声で言った。

「もしよかったら、話、聞きますよ」


継人は、その女性のカバンに、チャームが着いているのに気づいた。 可愛らしい、狸のチャームだった。


(狸…?)記憶の奥底で何かが引っかかったが、それが何かは分からない。

ただ、目の前の女性が見せる、心配そうな、それでいて少し寂しげな微笑みに、引き寄せられるような気がした。

涙の理由は分からないままだったが、継人は差し伸べられた「お節介」に、小さく頷く。

空き地にはもう何もない。失われた記憶の欠片を探すように、タバコの匂いの残滓を追うこともできない。

それでも、隣には、真実を知る誰かが寄り添ってくれる。 人は人の道を。鬼は鬼の道を。一度は交わったはずの線は途切れ、けれど、その傍らには、一匹の化け狸がそっと佇んでいた。


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