第百十二話
(……ん……) 冷たい感触と、遠くで聞こえるアナウンスの音で、継人は目を覚ました。 見上げれば、見慣れた駅のロータリーの天井。自分はベンチに座っていた。
「……あれ?」
(なんで俺、こんなとこで……) 頭がぼんやりする
(……なんか、前にもこんなこと、あったような……?) 強いデジャヴを感じるが、それが何だったのか、霞がかかったように思い出せない。 スマホを見ると、いい時間だった。
「……帰るか」 継人は、よく分からないまま立ち上がり、自宅へと歩き出した。
家に着き、鍵を開けて部屋に入る。
(……あれ? いつも、こんな早い時間に帰ってたっけ?) ふと、そんな疑問が湧いたが、疲れているせいか、すぐに霧散した。 着替えようとズボンのポケットに手を入れると、くしゃくしゃになった一枚の名刺が出てきた。 『玉藻』と達筆な文字で書かれている。
(……なんだこれ? いつか行ったどっかの店の名刺か?) まったく身に覚えがない。気味が悪いので捨てようと思ったが、なぜか、手が止まった。
(……まあ、いいか) 何となく、捨てられなかった。継人は、それを机の引き出しの奥にしまった。
***
翌日。 継人はいつものように大学へ行き、友人たちとくだらない話をし、退屈な講義を受けた。 何の変哲もない、いつも通りの一日だった。
昼休み、学食で友人たちと飯を食べていると、不意に聞かれた。
「なあ継人、今日バイト?」
「あー……」 継人は、スプーンを止めた。
「……俺のバイト先、潰れちゃったんだよ」
「え〜!? マジで!?」 友人たちが驚きの声を上げる。
「いつの間に?」
「いや、それが俺もよく分かんなくてさ……」
「つーか、何屋だったの? お前のバイト先」
継人は、思い出しながら答えた。
「中古製品の買取販売店だったんだけどさ。なんか、変なものばっかり客が持ってきててさ」
「変なもの?」
「そうそう。なんか、女の人がいきなり来て、その場で靴下脱いで『これ買い取れ』って言ってきたり」
「はは、ヤベえなそれ!」
「あと、俺が普通に接客して話しかけてたら、『あいつうるさいから下げろ』って店長にクレーム入れてくるワガママな客とか」
「うわ、性格悪っ!」
「外国の人もたまに来て、何言ってるか全然分かんなくて、翻訳アプリ使って必死に接客もしたしなー」
継人は、そこまで話して、ふと笑いがこみ上げてきた。
「よく考えたら、まともな客、全然いない店だったな、あそこ。……だから、潰れたんだろうな、きっと」
「あはは! 変な店すぎんだろ!」 友人たちも、腹を抱えて笑い合う。
(……でも) 継人は、笑いながらも、胸の奥に、チクリとした寂しさを感じていた。
(変な店だったけど……楽しかったな)
店長も、他の店員さんも、みんなどこか変な人たちばっかりだったけど。
(……あれ? そういや、どんな顔だっけ?) まあ、いいか。
「……次のバイト、探すか〜」 継人は、空になったカレー皿を見つめながら、そう呟いた。




