第百三話
目の前に立っているのは、紛れもなく元カノだった。 俺を振った時と同じ服、同じ髪型。 だが、その表情は、俺の知っている彼女のものではなかった。 キラキラと目を輝かせ、この場の異常な空気を楽しんでいるような――そんな顔だった。
「え? 何これ、修羅場? 超ウケるんだけど! 私、すごーい! 登場タイミング、バッチリじゃん!」
元カノが、甲高い声でそう言った。
(……は?) 俺は、その場違いなセリフに、頭が追いつかない。
「……えっと……何しに来たの?」 俺は、呆然としながら話しかける。 だが、すぐに強い違和感を覚えた。俺の知っている元カノは、こんな軽薄な喋り方はしない。もっと……真面目で、少し気の強い子だったはずだ。
「んー? 継人を迎えに?」 元カノ(?)は、小首を傾げ、悪戯っぽく笑う。
その時、横から店長の鋭い声が飛んだ。
「……バイト君。誰と話してる?」 見れば、店長も、ぬらりひょんも、床に倒れたままのモエさんも、全員が怪訝そうに俺を見ている。 入口には、陽の光が差し込んでいるだけで、彼女たちの目には、元カノの姿が見えていないらしかった。まるで、あの石と同じように、モヤがかかっているかのように。
「あ……」 俺は、状況を察し、目を伏せながら答えた。
「……元カノ、です」
「へえ?」 元カノ(?)は、面白そうに声を上げた。
「見えてないんだ。じゃあ、サービスしてあげよっか」
彼女がパチン、と指を鳴らした瞬間。 店長、ぬらりひょん、モエさんの三人が、同時に息を呑み、目を見開いた。 彼女たちの視線は、確かに元カノ(?)がいるはずの空間を捉えている。しかし、その表情は、恐怖、驚愕、そして強い嫌悪に彩られていた。
「……見えるようになったかな?」 元カノ(?)の声が、店に響く。だが、それは俺に聞こえている声とは違う響きを持っていた。
「……悪趣味だぞ」 店長が、吐き捨てるように言った。彼女は、まるで亡霊でも見るかのように、入口の「何か」を睨みつけている。俺には、そこに源頼光の幻影が見えているとは知る由もない。
「そう? 心残りのある人の姿の方が、話したい事、素直に言えるでしょう?」 元カノ(?)の声が、楽しげに答える。
「……酒呑」 ぬらりひょんが、床のモエさんを起こしながら、店長に尋ねた。その顔も、普段の余裕を失い、険しい。 「……あそこにいるのは、誰だい?」 (ぬらりひょんには、座敷童子が見えている)
店長は、
「……アメノウズメ『様』だよ」 皮肉たっぷりに、「様」を強調する。 (モエさんには、玉藻前の姿が見えていた)
「はーい、こんにちは!」 元カノ(?)――アメノウズメは、満面の笑顔で、手を振って挨拶をした。
(((あの顔で、『こんにちは』って言うの、気持ち悪いな……))) 店長、ぬらりひょん、そして起き上がったモエさんの三人の心は、奇しくも、その瞬間、完全に一致していた。




