第百一話
芝モエが、あの奇妙な石を持って店に駆け込んでくる、少し前のこと。 店長は一人、カウンターで紫煙をくゆらせていた。 『聞こえる』ようになった継人の状態、そして猿の使いが残した『次は耳だ』という不吉な警告。焦りは募るが、高位存在の正体も目的も掴めないままでは動きようがない。
ピロン、とスマホが軽い通知音を立てた。 メッセージの相手は、忌々しいことに玉藻前だった。 開くと、本文にはたった一言。
『芸能の神』
そして、その下に添えられていたのは、狐がドヤ顔で『コン謝(感謝)して』と言っている、腹立たしいスタンプだけだった。
「……芸能の神……アメノウズメ、か」 店長は、眉間に皺を寄せながら呟いた。確かに、神格としては『高位』に属する。 (だが、なぜ……)
店長が思考を巡らせていると、ヒュン、という鋭い風切り音と共に、一本の矢文がどこからともなく飛来し、カウンターの柱に突き刺さった。
(……こっちはこっちで、相変わらず古風な真似を) 店長は、矢に結び付けられた文を解き、広げた。差出人は、安倍晴明。
『件の高位存在について、心当たりがあった故、報告する』
文面は、晴明らしい回りくどくも正確な記述で綴られていた。 要約すると、こうだ。
『かの御方』が、気まぐれに下界を散策中、たまたま『物々交換』なる奇妙な店を見つけ、面白半分で入った。
しかし、店番(お前だ、酒呑童子)がこちらに全く気づかず無視を決め込んだため、腹いせ(あるいは単なる悪戯)で、自身の神力の欠片をレジ横の瓶にこっそり入れておいた。
代わりに、棚にあった埃をかぶった動かないカラクリ人形を一つ、つまらぬものだが持ち帰った。
先日、再び気まぐれで店を覗いたところ、あの時の欠片が人間の小僧の中に取り込まれているのを発見した。
通常、神の欠片を取り込んで無事な人間など有り得ないため、その小僧をいたく気に入り、『コレクションに加えたい』と仰せである。
アメノウズメ様の我儘は、こちらでは対処できかねる。そもそも原因はお前の不注意だ。人間を助けたいなら、お前がどうにかしろ。
「……」 読み終えた店長は、文をくしゃりと握り潰した。 (こいつら……揃いも揃って、人をイラつかせる天才か……!) 玉藻前も晴明も、助言は寄越したが、結局は「あとは自分でやれ」と丸投げだ。
だが、これで敵の正体と目的がはっきりした。 『アメノウズメ』が、『継人を欲しがっている』。
(どう接触する……? いや、相手は神だ。下手にこちらから動くのは……) 店長が眉間を押さえ、次の一手を悩んでいる、まさにその時だった。
ガラガラッ! 「酒呑ちゃん!」 息を切らした芝モエが、店に駆け込んできた。その手には、ハンカチに包まれた「何か」が握られていた。




