第百話
(継人視点)
「……っ」 頭が、ガンガンする。体が鉛のように重い。 店長からの電話――『音を止める方法が見つかった』『協力してほしい』という言葉に、俺は二つ返事で頷いた。 今日はバイトとしてではなく、初めてこの店を訪れた時と同じ、『客』として来るように、とも。
(店長に見せよう……)ポケットの中には、先ほどモエさんから返してもらった、あの奇妙な石が入っている。結局何も分からなかったらしいが、店長なら何か知っているかもしれない。
フラフラとした足取りを見かねてか、途中で会ったモエさんが「私も心配だから」と、バイト先まで一緒について来てくれることになった。
「すみません、モエさん」
「ううん、大丈夫だよ」 彼女の優しさが、少しだけ心に沁みた。
(モエ視点)
(……大丈夫、ちゃんと連絡はした) モエは、隣を歩く継人の顔色の悪さに胸を痛めながら、先ほどの店長とのやり取りを思い出していた。
『石、確かに廻くんに返したよ』
『……そうか。なら、すぐに連絡する』 店長が、すぐ継人に連絡を入れたことで、モエはひとまず安堵した。これから始まる「縁切り」のこと、そしてその先にある別れを思うと、胃が痛むが……。
見慣れた古びた店の前に着いた。
「じゃあ、廻くん、頑張ってね」
「はい。モエさんも、わざわざありがとうございます」 継人が、ふらつきながらも店の引き戸に手をかける。 その後ろ姿を見送りながら、モエは小さく呟いた。
「……ごめんね」
その言葉を呟いた瞬間。
モエは、懐に入れていた「御守り」――ぬらりひょんに渡した偽物の石と同調させていた、簡易的な監視用の札が、フッと力を失ったのを感じた。 (……バレた) 偽物の妖力が、ついに切れたのだ。ぬらりひょん様に、自分が欺いていたことが、今、確実に知られた。
(ぬらりひょん視点)
(……ふむ) 料亭の一室で茶をすすっていたぬらりひょんは、懐の「石」(偽物)から、微かに感じていた気配が完全に消え去ったことに気づいた。
数日前、モエからこれを預かった時から、内心では疑っていたのだ。あの狸娘が、そう簡単に従順に従うはずがない、と。
同時に、別のルートからも情報が入っていた。
『酒呑童子の店にて、何やら大掛かりな儀式の気配』
『例の人間と芝右衛門が店に向かっています』
(……物々交換か) ぬらりひょんは、舌打ちした。 石は手元にあると思っていたから、どうせ縁切りなど失敗すると高を括っていたが……。
「……あの狸、やりおったわ!」 ぬらりひょんは、湯呑を置き、ゆらり、と立ち上がった。 面白い。実に、面白い。 酒呑童子がそこまでして切りたい縁なら、この目で見て、そして―――。 ぬらりひょんは、ニヤリと笑い、店へと向かった。
(店長視点)
店内には、いつもとは違う、厳かな空気が漂っていた。 床や壁には、トラとホシが描いた術式が、淡い光を放っている。 モエからの報告を受け、縁切りの準備は整った。
(……来るか) 店長は、カウンターに肘をつき、タバコを深く吸い込んだ。 今回の石との縁切り。物々交換という形を取るが、これはただの交換ではない。高位存在の欠片とも言える石を手放させる儀式。 玉藻前や晴明からの情報でも、高位存在が何らかのアクションを起こしてくる可能性は高い、と出ていた。
ガラガラ、と引き戸が開く。継人が入ってきた。顔色が悪い。
「……いらっしゃい、バイト君」
「店長……」
(ぬらの婆さんも、来だろうな) 店長は、暖簾の奥に控えさせているラキたち四天王に、目で合図を送った。
(……婆さんの妨害は、お前たちに任せた)
いよいよ、始まる。
(???視点)
(……あらあら)
(私のかわいい『石』が、無理やり引き剥がされようとしているわ)
(あの子とは、あんなに気が合ったのに)
(……仕方ない)
(『舞台』に、少し早めに登場するとしましょうか)
???は、自身と継人を繋ぐ「縁」が強制的に断ち切られようとしていることを感知し、その源である店へと、その意識を向けた。




