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第9話「優しい嘘と、剣の誓い」


――朝、ゼノの部屋


「入っていいよ。」


扉を開けた先、ゼノは静かに微笑んでいた。部屋の中央には、柔らかな陽を浴びた純白のドレス。

刺繍と宝石が織りなす光の粒が、まるで星のように瞬いている。


「……ゼノ様……これって」


「セイラに着てほしい。明日の晩餐会の……婚約発表の場でね」


ゼノは微笑んだまま、ドレスを見つめた。


「このドレスは……別の人のために仕立てたものだった。けど、渡せなかった……」


「……ミアーナさんですよね。」


「――ああ」


ゼノはゆっくりとうなずき、セイラに背を向けたまま、言葉を続ける。


「彼女は王妃にはなれない。だから俺は、心を閉じて、“義務”を選ぶことにした。君は…セイラは“妃”としてふさわしい。“運命”に選ばれた存在だから」


静寂が流れる中、彼は振り返り、セイラの肩に触れた。


「君を……誰かの代わりにしたくない。だけど……この感情も運命も君を選んだ。俺も君を選ぶように……でも全部“嘘”かもしれない……」


「でも君が……セイラが好きなんだ。」


抱きしめられた体が、かすかに震える。


「ゼ、ゼノ様……あなたの優しさは私に向けたものじゃないのに、なぜそこまで……」


セイラは震えながら声を漏らし、震える指先で少し抵抗しながら彼の胸で話し始める



「ごめんなさい……ゼノ様は優しくて素敵な人です。でも……これは、誰かの記憶が詰まった大切なもの。わたしには……着る資格がない気がして……」



セイラは、ドレスのきらめきに目を落とし、そっと目を閉じた。



「このドレス、受け取れません……」



彼の腕からそっと逃れ、セイラは部屋を出た。



---


――昼、中庭の木陰


白いアーチの下、リオンが剣の手入れをしていた。セイラはゆっくりと近づき、彼の横に腰を下ろす。


「……サボり中ですか?」


「いいえ。剣も、心も。磨かねば鈍りますから」


冗談混じりの声のリオンに対し、セイラは泣いていた声を押し殺した。そしてすぐに、目を伏せる。


「セイラ様…泣いてるんですか?」


気づかれないように、淡々と話そうとした。


「……ねえリオン。誰かを想いながら、別の人に優しくするのって……ひどいことよね」


リオンは手を止めて、少しだけ彼女の横顔を見た。


「……ひどい、かは……分かりませんが……でもそれは……“誰より自分に嘘をついている”って事ですね」


「……自分に、嘘?」


セイラの唇がかすかに揺れる。

彼女の目に、朝のゼノの姿と涙が浮かんでいた。


「セイラ様は、嘘が嫌いな人です。だから……傷つくんだと思います」


「……わたし、わからないの。誰かの言葉に左右されて本当の心がわからなくなるのが、、怖い。」


リオンはゆっくり立ち上がり、セイラの手を取り立ち上がらせた。


「では、セイラ様は……セイラの心はなんて言ってるんでしょうか?」


見つめ合い手を取ったまま、向き合ってる二人の間に、風が奏でて鼓動が速くなっていた。


「…リ、リオン……」


赤く晴れた目を追いかけるように、真っ赤に染まるセイラの顔。リオンはその視線に、はっと息をのんだ。



(セリーナ……。あのとき、守れなかった……あの人…………)



リオンの目にはセイラと重なる穏やかなセリーナが目に映っていた。


(…似ている。でも……違う。今ここにいるのは、セイラだ。)


手のぬくもりも……目をそらそうとした瞬間、セイラの髪が揺れ、彼女の唇がすぐそこにあった。


言葉が、喉の奥でかき消えた。


次の瞬間、リオンは彼女の肩にそっと手を添え、引き寄せる。


そして――


ふたりの唇が、そっと触れ合った。


それは一瞬で、けれど永遠にも思える静かな熱だった。


…………。



風に吹かれて


戸惑いが走る。

けれど――もう、理性だけでは抑えきれなかった。

お互いの鼓動が伝わり、唇を離しても、心はまだ重なっていた。


「……すみません……セイラ様……」


リオンがかすれる声で言う。


木漏れ日がきらめく中、ふたりはただ静かに、互いの存在を確かめ合っていた。




---


――夜、訓練場


「リオン……一戦、交えようか?」


その声に、リオンは剣を置き、振り返った。


訓練場の入口に立つゼノの目は、どこか静かな闘志を帯びていた。


「……剣を交える理由は?」


「……自分に嘘をつくことで、セイラに優しくしている。でも、それが正しいのか分からなくなった。だから、立ち止まってる暇はない。――君と戦って確かめたい」


「……分かりました」


月明かりに照らされ、2人の男が向かい合う。

リオンが剣を抜く音が、静寂を裂いた。


「始めましょう。ゼノ殿下」


──ギン!


剣と剣が交わる。鋭さと重み、心の声がぶつかる音。

数合を交えたのち、リオンの動きがわずかに鈍る。


「……っ!」


ゼノの一撃が肩をかすめ、リオンは膝をついた。


「……手を抜いたな、リオン!なぜだ!」


「いえ……ゼノ殿下が……本当にセイラ様に向き合おうとしたからこそ。俺はその剣に、負けたのです……」


ゼノはしばし無言で彼を見つめ──やがて、剣を納めた。


「……。まだ、わからないが……父上と……ルシアの様子がおかしい。見張るのはもちろんだが、セイラを……守ってやってくれ。」


「御意……。」


月の光が、二人の影を長く引き伸ばす。

優しさも、嘘も、剣も――その先にあるのは、覚悟と決意だけだった。



---


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