表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

第8話「秘密の花園とひとひらの涙」

セイラがふと足を運んだ先で出会う、誰も知らない小さな庭。

そこで彼女が見たものは、過去の面影か、それとも……。

静かに、しかし確実に動き始める「記憶」と「想い」の物語。

そして、ゼノとリオンの視線の先には、それぞれに譲れない“真実”が――。



---朝靄のなか、セイラはひとり王宮の裏手へと歩いていた。


誰かに誘われたわけではない。ただ、胸のざわめきを落ち着かせたくて、静かな場所を求めて歩いた先に──それは、あった。


苔むしたアーチをくぐり抜けると、古びた鉄の門が姿を現した。

錆びついた扉の向こうに広がるのは、花々に覆われた小さな庭園。


「……ここ、知ってる……ような……」


心当たりはない。けれど懐かしさが胸を打つ。


足を踏み入れると、柔らかな草の感触と、風に揺れる花の香りが包み込んだ。


庭の奥には、一輪だけ咲く白い花──まるで雪のように透き通るその花に、セイラは吸い寄せられるように、そっと花壇の端に咲く、小さな白い花に目を留めた。


すずらんに似た形をしているが、どこか冷たく、

ほんのり甘い香りとともに、ひんやりとした風が吹き抜けていく。


まるで誰かがそっと“静寂”を与えるように。


「この花……わたし知ってる気がする……」


指先が花弁に触れた瞬間、脳裏を駆け抜ける、名もなき光景が飛び込んできた。


──銀髪の女性が、泣きながら花に語りかける。

──「セリーナ……アルトリウス……あなた達のいない、世界がこんなにも辛いなんて……何時も忘れた事などありません……どうか……どうか幸せに……」


「……っ!」


セイラは思わず膝をつき、胸元を押さえた。

溢れる涙の理由は分からない。ただ、深い哀しみだけが胸を締めつけた。


その白い花の名を、今はまだ知らない。

けれど、それがこの国の深く暗い過去と結びついていることを、セイラはまだ知らなかった。


…静寂の花──ルアリス。

運命を試す者の傍に、必ず咲く花。


──────────


王宮の一室。

ゼノは静かに窓辺に立っていた。

その背後に、控えていたリオンが足音もなく近づく。


「……昨夜の“宣言”、どう思った?」


ゼノは振り返らずに言った。


「セイラ様が……戸惑っておられました……」


「戸惑う?……お前がだろ?それでも……彼女はもう渡せない。」


その声には、決意と焦りの両方が滲んでいた。


「殿下、それは“お立場”からのご判断ですか。それとも……」


リオンの言葉に、ゼノは初めてこちらを向く。


「俺の“心”からの言葉だとでも言ったら、お前は剣を抜くか?」


一瞬、空気が張り詰めた。

けれどリオンは、静かに首を振った。


「セイラ様の涙を……見たくないだけです」


ゼノの目が細められ、笑みとも皮肉ともつかぬ表情が浮かんだ。


「俺もだ……。彼女の涙を流さないためにも、今の立場を、利用しないと、幸せは手に入らない……そうは思わないか?」



リオンは無言で頭を下げた。それが、会話の終わりだった。



---


夕刻、王都のはずれ。


リオンは任務の帰途、小さな薬草店の裏手に足を向けた。

そこに佇んでいたのは、茶色の髪を揺らす一人の女性──ミアーナだった。


「……ミアーナ殿」


「……リオセンスさん?」


思いがけない訪問者に、ミアーナは驚いたように目を見開く。


「あなたに、お聞きしたいことがありました。昨日の…“宣言”について、ゼノ殿下の事をどう思っておいでですか?」


ミアーナは少しだけ視線を落とし、やがて淡く笑う。


「気持ちを表に出すのが苦手なのよ、あの人。小さい頃からすごく苦しそうな目をしていて……何も自分で決められない人だった。なのに……」


「……セイラ様のこと、でしょうか」


リオンの問いに、ミアーナは言葉を選ぶようにゆっくりと頷いた。


「本気で、想っているのかもしれない。けれど、私には何も言えない……私の想いは届かないの。」


リオンはその言葉を胸に刻むように黙して立つ。


「……運命は必ず何か仕出かすわ。悲しんで成長する事もある……。あなたもセイラ様が好きなんでしょ?なら立場がどうこうより、まずぶつかり合って話し合って運命を変えなくちゃ。」


「それが例え、ゼノ殿下相手でも……。」


ミアーナの目はまっすぐだった。

リオンは深く礼をして、その場を後にした。



---


再び、花園。


セイラは、涙で濡れた頬を袖でぬぐいながら、白い花を見つめていた。


「ねぇ、わたし……を、知ってるの……?」


誰かに問うように、誰にも届かぬ声で。

けれどその問いかけに、風が優しく頬をなでた。


まるで、答えるように。


その瞬間、セイラの胸の奥に眠る“セリーナ”の記憶が、わずかに揺らぎ始めていた。


(セリーナ……あなたに幸せが訪れますように……)


物語は、静かに、しかし確実に動き出している。



---


ここまでお読みいただきありがとうございます。


第8話では、セイラの過去に繋がる“花園”の記憶と、

ゼノ・リオン・ミアーナ、それぞれの静かな葛藤を描きました。


少しずつ、けれど確かに動き始める心と運命。

次回はいよいよ、揺れる想いに「誓い」が交差するお話です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ