第8話「秘密の花園とひとひらの涙」
セイラがふと足を運んだ先で出会う、誰も知らない小さな庭。
そこで彼女が見たものは、過去の面影か、それとも……。
静かに、しかし確実に動き始める「記憶」と「想い」の物語。
そして、ゼノとリオンの視線の先には、それぞれに譲れない“真実”が――。
---朝靄のなか、セイラはひとり王宮の裏手へと歩いていた。
誰かに誘われたわけではない。ただ、胸のざわめきを落ち着かせたくて、静かな場所を求めて歩いた先に──それは、あった。
苔むしたアーチをくぐり抜けると、古びた鉄の門が姿を現した。
錆びついた扉の向こうに広がるのは、花々に覆われた小さな庭園。
「……ここ、知ってる……ような……」
心当たりはない。けれど懐かしさが胸を打つ。
足を踏み入れると、柔らかな草の感触と、風に揺れる花の香りが包み込んだ。
庭の奥には、一輪だけ咲く白い花──まるで雪のように透き通るその花に、セイラは吸い寄せられるように、そっと花壇の端に咲く、小さな白い花に目を留めた。
すずらんに似た形をしているが、どこか冷たく、
ほんのり甘い香りとともに、ひんやりとした風が吹き抜けていく。
まるで誰かがそっと“静寂”を与えるように。
「この花……わたし知ってる気がする……」
指先が花弁に触れた瞬間、脳裏を駆け抜ける、名もなき光景が飛び込んできた。
──銀髪の女性が、泣きながら花に語りかける。
──「セリーナ……アルトリウス……あなた達のいない、世界がこんなにも辛いなんて……何時も忘れた事などありません……どうか……どうか幸せに……」
「……っ!」
セイラは思わず膝をつき、胸元を押さえた。
溢れる涙の理由は分からない。ただ、深い哀しみだけが胸を締めつけた。
その白い花の名を、今はまだ知らない。
けれど、それがこの国の深く暗い過去と結びついていることを、セイラはまだ知らなかった。
…静寂の花──ルアリス。
運命を試す者の傍に、必ず咲く花。
──────────
王宮の一室。
ゼノは静かに窓辺に立っていた。
その背後に、控えていたリオンが足音もなく近づく。
「……昨夜の“宣言”、どう思った?」
ゼノは振り返らずに言った。
「セイラ様が……戸惑っておられました……」
「戸惑う?……お前がだろ?それでも……彼女はもう渡せない。」
その声には、決意と焦りの両方が滲んでいた。
「殿下、それは“お立場”からのご判断ですか。それとも……」
リオンの言葉に、ゼノは初めてこちらを向く。
「俺の“心”からの言葉だとでも言ったら、お前は剣を抜くか?」
一瞬、空気が張り詰めた。
けれどリオンは、静かに首を振った。
「セイラ様の涙を……見たくないだけです」
ゼノの目が細められ、笑みとも皮肉ともつかぬ表情が浮かんだ。
「俺もだ……。彼女の涙を流さないためにも、今の立場を、利用しないと、幸せは手に入らない……そうは思わないか?」
リオンは無言で頭を下げた。それが、会話の終わりだった。
---
夕刻、王都のはずれ。
リオンは任務の帰途、小さな薬草店の裏手に足を向けた。
そこに佇んでいたのは、茶色の髪を揺らす一人の女性──ミアーナだった。
「……ミアーナ殿」
「……リオセンスさん?」
思いがけない訪問者に、ミアーナは驚いたように目を見開く。
「あなたに、お聞きしたいことがありました。昨日の…“宣言”について、ゼノ殿下の事をどう思っておいでですか?」
ミアーナは少しだけ視線を落とし、やがて淡く笑う。
「気持ちを表に出すのが苦手なのよ、あの人。小さい頃からすごく苦しそうな目をしていて……何も自分で決められない人だった。なのに……」
「……セイラ様のこと、でしょうか」
リオンの問いに、ミアーナは言葉を選ぶようにゆっくりと頷いた。
「本気で、想っているのかもしれない。けれど、私には何も言えない……私の想いは届かないの。」
リオンはその言葉を胸に刻むように黙して立つ。
「……運命は必ず何か仕出かすわ。悲しんで成長する事もある……。あなたもセイラ様が好きなんでしょ?なら立場がどうこうより、まずぶつかり合って話し合って運命を変えなくちゃ。」
「それが例え、ゼノ殿下相手でも……。」
ミアーナの目はまっすぐだった。
リオンは深く礼をして、その場を後にした。
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再び、花園。
セイラは、涙で濡れた頬を袖でぬぐいながら、白い花を見つめていた。
「ねぇ、わたし……を、知ってるの……?」
誰かに問うように、誰にも届かぬ声で。
けれどその問いかけに、風が優しく頬をなでた。
まるで、答えるように。
その瞬間、セイラの胸の奥に眠る“セリーナ”の記憶が、わずかに揺らぎ始めていた。
(セリーナ……あなたに幸せが訪れますように……)
物語は、静かに、しかし確実に動き出している。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
第8話では、セイラの過去に繋がる“花園”の記憶と、
ゼノ・リオン・ミアーナ、それぞれの静かな葛藤を描きました。
少しずつ、けれど確かに動き始める心と運命。
次回はいよいよ、揺れる想いに「誓い」が交差するお話です。