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第6話 波紋と仮面の舞踏会

異世界アルセイラ王国に招かれてから、セイラの周囲は少しずつ変わり始めていた。

王宮から届いた一通の招待状が、波紋のように彼女の運命を広げていく――。

初めての舞踏会。

仮面に隠された本音と、誰かの視線。

舞い踊る心と共に、静かに何かが動き出す予兆


「……え、これ、わたしに?」


セイラは目の前の豪華な封筒をまじまじと見つめた。王宮の使者が丁重に差し出したそれは、アルセイラ王国の紋章が金糸で刺繍された、格式ある“招待状”だった。


「本日夜、仮面舞踏会が開催されます。陛下直々のご招待です」


「ま、待ってください、どうして私が……」


「異国より来たりし客人として。陛下と王妃様は、セイラ様に心からの感謝と敬意を表したいと」


そう言い残して、使者は静かに去っていった。


 


 * * *


 


「うそ……本当に舞踏会に?」


昼下がりの部屋。混乱しつつも、胸の内はざわついていた。自分がこの異世界で、まさか国王夫妻に招かれる立場になるなんて。


そんなとき、扉が静かにノックされた。


「失礼します。お届け物を──ゼノ殿下よりです」


現れたのは、見慣れた侍女。そして彼女が抱えていたのは──


「……ドレス?」


箱の中から現れたのは、深い蒼のドレス。胸元には星のように輝く青い宝石があしらわれていた。


セイラは思わず息をのんだ。


「こんな……着ていいの?」


そのとき。


「そのドレス……似合ってますよ、セイラ様」


ドアの前で控えていたリオンが静かに声をかけた。


「リオン……いつから?」


「ずっと……。護衛ですから」


セイラは恥ずかしさをごまかすように微笑んで、鏡に映る自分を見た。

宝石をそっと指でなぞると──


頭にふわりと光が走った。

どこかで、これを着て、誰かに手を取られた気がする。

その人の手は、温かくて、でもどこか、遠く感じた。


「……リオン、もしかして……前に会ったこと、ある?」


セイラがそう問うと、彼は少しだけ視線を伏せた。


「……セイラ様にそう感じていただけたなら、それだけで充分です」


「え?」


「僕の大切な人似ているんです……」


セイラの胸の奥が、かすかに締めつけられた。

過去の記憶──いや、魂の記憶?


「もしかして、その人って……」


「……セイラ様……今は、舞踏会の準備を済ましてください。できたら声を掛けてください……」


リオンの声は、どこか遠くを見ているようで、それでいてとても優しかった。


 


 * * *


 

そして夜。舞踏会の会場は煌めく光と音に包まれていた。

セイラは仮面をつけ、胸の鼓動を抑えながら大広間に足を踏み入れる。


すると──


「皆に紹介しよう。この客人は、異世界より現れし、神秘の来訪者──セイラだ」


玉座の上から王・レオファルドが堂々と声を放つ。


「我が妻王妃・セリーヌも気に入ってるようだ。」


王妃も微笑み、優雅に手を振った。


会場がどよめく中、セイラは王と王妃に丁寧に頭を下げた。


“特別扱い”に戸惑いつつ、仮面のおかげで少し気が楽だった。


次の瞬間、仮面の青年が近づいてくる。


「光栄です、セイラ様。今宵、一曲お相手いただけますか?」


その声──ゼノだ。


戸惑いながらも手を取られ、舞踏が始まる。


「美しい姫君に……」

手の甲にキスをされすぐにダンスが始まった。


「ゼノ様、私は……ダンスなんて踊れません……」


ゼノは微笑みを浮かべながら、耳元で囁いた。


「ダンスは私に任せて、ほらもう少し寄って」


なれないダンスに王子の耳打ちと周りの空気に息が詰まりそうだ。



ゼノのターンの次に、別の仮面の人物──ルシアが現れる。


「兄上ばかりじゃつまらないだろう? 少し、僕にも付き合ってよ」


軽やかなステップでゼノからルシアに代わりダンスを踊る二人。ルシアの笑みの奥に、なにか別の感情が垣間見えた。


「兄上はお前に騙されているんだ。僕は絶対騙されないからな。」


そして──曲の終わり。


ゼノが壇上に上がり、会場に向かって声を放つ。


「セイラ……来て」


皆の前で名前を呼ばれ、行かない選択肢は無いほどの圧力で皆が道をあけセイラを見つめている。


「皆の前で、正式に宣言しよう。この者を──女神の転生かもしれぬ、美しい姫君を……我が妃として迎えるつもりだ」


え?


ざわめき、驚愕、沈黙。


セイラはその場に立ち尽くすしかなかった。


その視線の先。


リオンが、人ごみの中で静かに彼女を見つめていた。


 

煌びやかな音楽と光に包まれた大広間で、突然、王子ゼノの宣言に空気が冷んやりと響き渡った。



セイラは思わず息を呑み、仮面の奥で目を見開いた。



会場がざわめきに包まれる中、玉座に座す王と王妃の様子が目に入る。


王・レオファルドは、ただ口角をわずかに上げるだけだった。


「ふん……見た目だけは悪くはないと思っていたが。そこまで気に入ったか、ゼノ」


軽く笑うような声音に、どこか底知れぬ興味と計算が滲む。


「異世界の娘……ならば、民の好奇心を煽るにはもってこいか……」


それは“面白くなってきた”とでも言いたげな、王の声だった。


だが、その隣に座る王妃セリーヌは、静かにゼノを見据えていた。


「……陛下お戯れを……」


わずかに視線を落とし、胸元で指を重ねながら呟いたその言葉に、会場の空気が一瞬、ぴたりと凍った。


「ヤキモチか?セリーヌ!」


鋭く響く王の声。

けれど王妃は怯むことなく、まっすぐにゼノを見つめ続けていた。


「ゼノ……あなたの本心は、本当にそうなの?」


静かに問うその瞳に、セイラはなぜか胸の奥が苦しくなる。


(どうして……あの人の目……泣きたいくらい懐かしい……)


まるで誰かに――いや、何かに――呼びかけられているような錯覚。


そのとき。


「……まったく、兄上はどこまで傲慢なのですか」


冷えた声が響く。ゼノの弟、第二王子ルシアだった。

手に仮面を持ったまま、静かにセイラに近く。


「こんな女に心を奪われるとは、兄上は情けない」


その言葉には、怒りというより“失望”が滲んでいた。


ゼノはルシアを一瞥したが、何も言わなかった。


代わりルシアを押し退けて、


「さあ、セイラ。俺の隣においで」


けれどセイラは動けなかった。


そのとき、背後から音もなく現れたリオンが、そっと彼女の肩に手を置いた。


「申し訳ありません、陛下。ゼノ殿下。セイラ様は少々、具合が悪いようです……」


毅然と、けれど礼を失しない声音。

ゼノ、ルシア、王様の表情がぴくりと動く。


リオンはセイラを優しく導き、舞踏会の騒ぎを背にテラスへと連れ出した。



* * *


---…喧騒から静かなテラスへと移動したセイラ。


外の空気はひんやりとしていて、まるで熱に浮かされた会場との境界線のようだった。

セイラはリオンに支えられながら、白い欄干にもたれて、深く息を吐く。


「ありがとう……リオン……」


「いきなり連れ出してしまい申し訳ありません……」


リオンの声は、いつもより低く、どこか迷いを含んでいた。

その横顔には、穏やかさと、抑えきれぬ何かが滲んでいる。


「……セイラ様が特別なのは事実なんです……」


「リオン……」


「妃候補なんて……あなたが望むはずがないと、わかっていながら……俺は、止めることも、言葉にすることもできなかった……」


セイラは、リオンの苦しげな表情を初めて見た気がした。

優しくて、誠実で、いつも守ってくれる彼が──今、何かに葛藤している。


「ねえ……リオン。聞いていい?」


セイラはそっと彼の袖を掴む。


「わたし……あなたと、どこかで会ったことがある気がする。このドレスを着て、誰かと踊った記憶──その手が、あたたかくて……でも、どこか遠くて……」


リオンは黙って、セイラを見つめた。

月の光が、仮面の隙間から覗く彼の瞳に反射して、静かに揺れている。


「……俺の記憶は……本当にあなたが……いやそんなはずは……」


心の声は漏れていた……。


「ねぇ……リオン教えて……」


「今はまだ、何も言えません。ですが……」


リオンはそっと、セイラの手を取った。


「これだけは、はっきり伝えます。たとえどんな立場であっても──あなたが誰に選ばれようとも」


その手が、震えていることにセイラは気づいた。


「俺は、あなたを守ります。……次は何があっても、必ず選択を誤ったりはしない」


リオンの誓いの言葉に、セイラの胸が締めつけられる。


「……まだわからないけど……リオンが今の私の支えだから……いつも助けてくれてありがとう。」


二人の間に、静かな風が吹き抜けた。

その風の中に──遠い記憶のかけらが、ふわりと舞ったような気がした。


リオンは黙って、そっと手を離した……。


夜風に揺れるドレスの裾。二人の影が月に照らされていた。


舞踏会の喧騒を、忘れるほど、ふたりの静かな時間を少しだけ、心の中で喜んでいた。


 


 * * *


  その頃、舞踏会の会場では──


王・レオファルドはグラスを揺らしながら、興味深げにゼノを見ていた。


「なかなか大胆な宣言だったな、ゼノ。……で、あの娘はどこへ?」


「……リオンに……預けました」


「ふん。リオセンス・フェルグランか。まるで何かを“取り戻す”かのように見えたぞ……」


ゼノの眉がわずかに動く。


「……そうですか?私にはただの任務や責務の遊びかと……」


レオファルドは答えず、ただ微笑みだけを浮かべていた。


一方、王妃セリーヌは──

誰にも気づかれぬように、そっと胸元のロケットペンダントに手を添えていた。


(……やはりセイラはセリーナなの?あの影がまた……?あの闇の夜はもうすぐなの?……)


彼女の瞳に浮かんだのは、哀しみと祈りと──もうひとつ、抗えぬ“宿命”の影だった。



---

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

仮面舞踏会――それは煌びやかな中に潜む、甘さと不安の入り混じった時間。

王様からの特別な紹介、そしてゼノの“宣言”……

セイラの心が揺れる中、リオンの想いもまた深まっていきます。

ゼノの唐突な“宣言”は、彼の立場や思惑、そして胸の内にある本当の想いを探る鍵になるかもしれません。そして、それを聞いたセイラの迷い――それに寄り添うリオンの静かな優しさ。

舞踏会の喧騒とは対照的に、テラスでのふたりの時間には、心がそっと暖かくなるような余韻を込めました。

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