第3話「王子の駆け引き」
異世界での生活に戸惑うセイラ。突然の王子ゼノが差し出した手は、思いがけない駆け引きの始まりだった――。
王族の思惑と騎士の矜持が交差する中、セイラが選ぶのはどちらの想い…?
ゼノに手を引かれ、セイラは王宮の奥へと導かれていた。
豪奢な廊下をいくつも抜け、やがて静かな一室の前で彼は足を止める。
「こちらでお話ししましょう。落ち着いて話ができる場所ですから」
重厚な扉が開かれ、ほんのりと香の匂いが漂う室内があらわになる。
窓際に置かれた深緑のソファ、壁には優美な絵画と王家の紋章。
どこか応接室のようであり、同時に彼の領域であることを強く感じさせる空間だった。
「……失礼します」
セイラは一歩足を踏み入れながら、自然と背筋を伸ばしていた。
「緊張しなくても大丈夫ですよ。怖い話をしにきたわけじゃありませんから」
ゼノは優雅にソファへ腰を下ろし、紅茶を勧めてくる。
だが、その整った顔立ちに浮かぶ微笑みは、どこか含みを帯びていた。
「セイラさん。今日ここにお招きしたのは……あなたに少し、“お願い”したいことがあったからです」
その声はあくまでやさしく、けれども逃げ場を与えないような静かな圧を含んでいた。
「あなたの存在は、この王国にとって大きな意味を持ちます。
だからこそ、あなたがどんな考えで、どこへ向かおうとしているのか……私としても気になるところ」
視線が絡む。
ゼノの瞳はまるで、心の奥まで見透かそうとするようだった。
「君は、まだ知らないでしょうが……この王宮では、善意だけでは守れないものがある。まして、異世界から来た君の存在は、特別すぎる。人々の目を引く分だけ、標的にもなりやすい」
ゼノの声は、さきほどまでの柔らかさとは一変し、静かな威厳を帯びていた。
「僕は第一王子として、いずれ妃を迎えなくてはならない立場にある。
――だが、妃候補にふさわしい“血筋”や“格式”よりも、君のような人間にそばにいてほしいと思ったら……それは、きっと波紋を呼ぶ。
王族の判断一つで、国の空気すら変わってしまう。そんな場所なんだ、この王宮は」
そこまで言うと、ゼノは少しだけ目を伏せる。
「けれど、それでも僕は……君が、誰にも傷つけられず、“幸せな道”を選べるようにしておきたい。
そのために必要なら、僕は王子としての駆け引きも、利用するつもりでいるよ」
まっすぐに向けられるゼノの視線。
その奥に潜む何かに、セイラは胸が詰まる思いがした。
これは優しさなのか、それとも――。
突然の切迫する言葉に、セイラは息をのむ。
まるでそれは、警告のようでもあり、優しさの裏に潜む駆け引きのようでもあった。
セイラは言葉に詰まり、ただ黙ってその場に立ち尽くす。
王子の眼差しの奥に、何かを探るような気配を確かに感じた――
セイラは思わず下を向き床を見ながら戸惑う。
王子の足音が近づいて……くる……そのとき。
コツン、と控えめなノックもなく、扉が静かに開かれた。
「……リオン?」
思わず名を呼ぶと、そこには騎士リオセンス――リオンの姿があった。
真っ直ぐな足取りで入ってきた彼は、セイラの前に立ち、軽く一礼する。
「セイラ様をお迎えに参りました。そろそろ、王子とのご面会はお時間かと」
ゼノがわずかに眉を上げる。
「……リオセンス。ここは応接棟の中でも、王族専用の会談室だ。君が勝手に出入りしていい場所ではないはずだが?」
しかしリオンは一歩も引かず、静かに告げた。
「私はセイラ様の第一護衛騎士任命され、国王陛下より王宮全域への立ち入りを許可されております。
王子の私的な面会であっても、警護上必要と判断した場合には、介入する権限がございます」
その毅然とした声に、ゼノは薄く笑みを浮かべた。
「……徹底してますね。最強の騎士様は」
その挑発にもリオンは乗らない。ただ、セイラに視線を向けて――そっと手を差し伸べる。
「……参りましょう、セイラ様」
その手のひらは、どこまでも静かで、あたたかかった。
セイラは戸惑いながらも、自然とその手を取っていた。
「…。まだ僕の話は終わっていませんよ――」
ゼノが立ち上がりかけたそのとき、リオンが振り返らずに低く告げる。
「……セイラ様が“幸せな道”を歩まれることを、私も何よりも優先すべきと考えています……」
静かな言葉の中に、騎士としての揺るぎない覚悟があった。
それ以上、ゼノは何も言わなかった。
リオンは黙って、セイラを部屋の外へと導いた。
扉が静かに閉じられ、ふたたび重厚な静けさが戻る。
――王子と騎士。
まったく異なる立場のふたりの、静かな火花が、確かにそこに散っていた。
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ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回はゼノとリオン、王子と騎士の静かな火花の散らし合いでした。どちらにもそれぞれの正義や想いがあって、セイラを巡る物語はますます複雑に…。
次回もよろしくです。