第20話スピンオフ︰ゼノ・ミアーナの運命②
王子としての“義務”と、“想い”のはざまで。
これはゼノ・グランリュードが心を閉ざし、そしてほんの少しだけ、扉を開きかけた日の記録――
誰にも話せなかったあの願いを、彼は今、胸にそっとしまい込む。
「閉ざされた想いと願い」
王宮の書斎の窓から見える庭園では、初夏の風が黄色い花を揺らしていた。
静かな空間に、筆の音だけが響いている。
「……ゼノ殿下…お茶をお持ちしました。」
王宮のメイドの声に顔を上げ、ゼノは軽くうなずいた。
だが、彼の目線は、差し出されたカップではなく、机の上の封筒に注がれていた。
その封筒には、王宮外に暮らす一人の少女――
ミアーナ・リュミエール宛の文字が記されていた。
「……リオンを呼んでくれるか?」
「畏まりました」
しばらくすると、腰に剣を添えた、ゼノとは違う、銀髪の髪がサラサラとなびく、とても不愉快そうな男・リオンがノックの後に寝室に入って来て、一礼をする。
「ゼノ様。ご用件は?」
「……。」
「ゼノ様?」
「あぁ。リオン…セイラに付きっきりで来るのが遅いんじゃないか?」
皮肉交じりでゼノがリオンに抗議する。
それに全く動じないリオンが口を開く。
「私はセイラ様の第一護衛騎士任命され、国王陛下より王宮全域への立ち入りを許可されております。
王子の私的な呼びつけがあっても、警護上必要と判断した場合には、多少来るのが遅くなる時もございます…」
はぁ…なんともお堅い騎士だろうか。
専属の騎士でも私情が挟むとこうも変わるのか……少し羨ましいがな…
「この招待状を…ミアーナに届けてくれないか?」
「…招待状?何かパーティでもされるのですか?」
「あぁ。セイラの為の…仮面舞踏会でもと、思ってね。特別な日に…したいと思ってね…」
どこか悲しげにしているゼノをリオンは見逃さなかった。
「ミアーナ様にお渡しして本当にいいのですか?」
無言になるゼノ殿下に、それ以上は何も言わず…一礼して部屋を後にした。
ドアが閉まる音を聞いてから、ゼノは大きく息を吐いた。
その音は、まるで自身の“ため息”を代弁するかのようだった。
彼女に会うことは許されない。
たとえ幼なじみでも。
特別がなければ…――
“王子”としての自分に与えられた役割は、“私情”より“義務”を選ぶことだ。
「……ミアーナ。君には辛い日になるとわかりながら、どうして、僕は呼んだんだろうか…」
そう呟いて、ゼノはそっと目を閉じる。
***
あの日のことを、今でも覚えている。
王宮に叔父上様のクスリを届け物に来た祖母の後ろで、怯えるように立っていた彼女。
恥ずかしそうに隠れていた姿。
「ミアーナ……可愛い名前だね」
あの頃はただ、無邪気な感情で彼女を気にしていた。
「まさか、年上とは思わなかったな。」
でも気づけば、彼女を考え、見るたびに、胸がざわつくようになっていた。
リオンと笑い合っている姿。
薬草を抱えて走っている後ろ姿。
彼女は、自由だった。
王子の僕にも優しく微笑んでくれていた。
“しがらみ”の外にある彼女に、いつしか“憧れ”と“羨望”が混じりはじめた。
そして、それが“恋”だったと気づいたときには――
もう、口に出すことは許されない立場にいた。
「……俺は、第一王子…だからな」
繰り返し、そう自分に言い聞かせていた。
“王妃になれない人”を、好きになることなど、許されるはずもない。
特別がなければ、結ばれない。
でも、セイラに出会ってしまったとき――
運命が揺れた。
「彼女なら、“義務”の中で生きる俺を理解してくれるかもしれない」
そんな風に思ってしまった。
けれど、それはミアーナを忘れたという意味ではなかった。
ただ、自分に嘘を重ねていただけ。
嘘の嘘がこんなにも苦しいだなんて。
ミアーナの為に作らせたドレスが…
役に立つ時が来るなんて…
彼女は、ゼノにとって“想い出”ではない。
「……あらがう“願い”なんだ」
誰にも知られずに、叶うことのない願い。
それでも、彼女が元気でいてくれるのなら、それだけでいいと、そう思っていた。
けれど。
「ミアーナ……俺がセリーナと結婚したら君はどんな、顔をするんだろうか…。」
今も変わらず、この胸の奥で、彼女の姿を探している。
誰にも届かなくていい。
誰にも知られなくていい。
ただ、君は笑っていてくれれば――
それだけで…俺は…
「この招待状を渡したらもう後戻りはできないのか…。ミアーナ…。」
ミアーナへの思いに蓋をするように。
“第一王子ゼノ・グランリュードより
王宮舞踏会への招待”
……そして、ひとこと。
「君に、また会えたら――」
***
その届かぬ願いが届くことを、ゼノはただ祈るしかなかった。
そしてその夜。
誰もいない王宮の回廊で、ゼノはひとり、空を見上げていた。
(ミアーナ。俺はきっと……また嘘をついてしまうだろうな)
でも、それでもいい。
君を見れるなら――
王子の婚約者が、どれだけ大変か…
君にはただ、無邪気な笑顔で
笑って幸せになってほしい。
そう願うのは嘘ではないのだから。
ゼノにとって、ミアーナは“心の奥で手放せなかったもの”。
第一王子として、義務を果たす彼の姿は凛としていても、その内側には誰にも言えない“想い”がありました。




