第16話 スピンオフ:ルシア~運命の選択~②
前回、罪を背負ったルシアは、“神天 聖人”として現代日本に転生しました。
そこで彼を待っていたのは、かつて姉だった“聖良”との静かな日常――
今回は、転生後の半年間に起きた、姉弟のかけがえのない記憶を描きます。
そこにあるのは、あたたかい家庭、すこし不器用な愛情、そして新しい“絆”の物語です。
「姉と過ごした半年」
「聖人、ちゃんと今日プリント出しなよー。また机にぐちゃっと突っ込んでたでしょ?」
「?……!う…ごめん。姉さん…」
姉さん――いや、聖良は、本当に勘が鋭い。
ちょっとした仕草も見逃さないし、忘れ物があれば先回りしてカバンに入れておいてくれる。
(…やっぱり姉上…セイラに似てる)
お節介なところが本当に似ている…
それが嬉しくて、くすぐったくて、だけど少しだけ胸が痛んだ。
「明日は進路面談があるんでしょ?!ママ〜明日はあたしが聖人の面談行くんだよね?」
「……そうなの。悪いわね、明日は大事な仕事があってどうしても抜けられなくて…聖人ごめんね!!お姉ちゃんと学校行ってね」
「はい…わかった……。」
「なによ!あたしじゃ嫌なわけ?」
「ふふ!大丈夫よ聖良!聖人は未だにお姉ちゃん大好き人間だからっ笑」
「!!か、母さん!!」
「あらー可愛い聖人!!しょうがないなー優しいお姉様が行ってあげようではないか!!わたしの小さな王子様。」
皮肉交じりの言葉。王子と言うワードにビクっとしながらも、心地よいやり取りに、心が安らぐこの空間に満たされていく。
――神天家で過ごす日々は、僕にとって不思議な時間だった。
血はつながっていない。
けれど、たしかに“家族”だった。
温かい食卓、くだらない会話、たまにぶつかることもあるけど、でもそれすら居心地がよくて。
(セイラが、こんな世界で生きてきたんだ)
姉上が、セリーナが――その後に転生したこの世界。
僕はここで、少しずつ“人を想う心”を学んでいった。
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そんなある日、玄関先で僕を待っていた少女がいた。
「聖人ー! 今日も一緒に行こ!」
髪をゆるく結んで、笑顔を向けてくる彼女の名前は――
「…あぁ…愛音。おはよう」
王咲 愛音。
小さい頃からずっと一緒に育った“幼なじみ”らしい。
今、初めて会ったはずなのに、なぜか懐かしさを感じた。
(……これは、“記憶”じゃない。もっと深い、何か)
僕がこの世界に馴染めたのは、彼女のおかげでもあった。
まっすぐで明るくて、空気が読めるが少しドジっ子で…でも僕の内側の沈黙に気づいてくれる、やさしい人。
「昨日さ、りこがさ宿題忘れたからノート見せてって言って来てさ、もう大変だったんだよー!聖人は宿題やったよね?」
「……うん、あ、忘れた…」
「え!聖人また〜?聖人は頭よし顔よし性格…ちょっとの普通〜の男子なのに…」
「おい。聞き捨てならないな?性格ちょっとってなんだよ?」
「聖人は時々、偉そうに話する時もあれば、気が抜けて抜け殻?みたい黙る時もあるし、んーー・・・前世はどっかの国の王子様だったんじゃないかなーって」
す、すごい。あたっている…
僕はやっぱり昔から、ルシアの性格がでていたんだろう。
「王子って……この時代に”王子様”なんていないだろ!白馬の王子様にでもなれってか?」
「私の王子様ならwelcomeだけどね?」
「っえ?」
「なんでもなーーい早く学校行こっ笑!」
笑いながら歩く彼女の隣で、僕は小さく微笑んだ。
この感情は、なんだろう。
あたたかくて、でもまだ答えにできない。
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「おーい聖人! 愛音! おはよー!」
そこに加わったのは、善皇 リオ(ぜんのう・りお)。
クラスメイトであり、僕の“親友”…らしい。
その名前を聞いた時、心が少しだけざわめいた。
(ゼノ……リオン……?)
けれど、彼はあくまでこの世界の、ただのクラスメイトの親友だ。
「今日さ、部活がなくなったから3人で出かけようぜ!」
「いいね!賛成!!どこ行く?カラオケでもいく???ね?聖人!」
「てか聖人、お前今日どうした?具合い悪いのか?いつもと違うな。平気か?」
「……え、ど、どこが?」
リオはなんだか、
優しく、かっこいい兄貴みたいな存在で
いつも僕の体調を気付かってくれる
まるで、かつての兄上様がいるようだ。
どこか守ってくれる、リオンのようにも思える。
「大丈夫…だよ!早く座ろ!ホームルーム始まるよ!!」
ふたりの笑い声が、耳に心地よく響く。
僕はようやく、“この世界の自分”として存在している気がした。
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家に帰ると、母さん――歩美さんが、夕飯の支度をしていた。
「おかえりなさい、聖人。今日は肉じゃがにしたよ」
「……ありがとう。僕、手伝うよ」
「うふふ、やっぱり優しいね。……最近、ほんと大きくなった気がするわ!もうお兄さんね」
(お兄さん……か…)
胸の奥が、少しだけ痛む。
僕はもともと“弟”だった。
“兄”に、嫉妬し続けていた。
でも今の僕は――姉を支える“弟”として、生きている。
この立場が、こんなにもあたたかいなんて。
“聖人”としての日々は、僕のなかの“ルシア”を、少しずつやわらかく、ほどいていった。
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そして――
その日は、突然やってきた。
「……ねえ、母さん。姉さん今日まだ帰ってないの?」
「そうなのよ。連絡も取れなくて……少し心配ね」
いつも元気な姉が、突然姿を消した。
スマホも持ったまま、制服のまま。
まるで……一瞬で、世界からいなくなったみたいに。
母さんは心配で何も手につかず、僕はただ静かに、玄関を見つめていた。
(……姉上? セイラ……)
まさか。いや、ありえる。
もしかして――“あの日”が来たのか。
こんなにも簡単に人は居なくなるのか。
「……母さん、大丈夫。姉さんはきっと、帰ってくるよ。それまで……僕が、いるから。絶対に…母さんは僕が守るから…だから泣かないで…」
母さんの肩に手を置いて、そっと微笑む。
それはこの半年間で初めて、自分の言葉で“守りたい”と思った瞬間だった。
(姉上。セイラ。君の歩いたこの世界で、僕はようやく“誰かの支え”になれた気がする)
これは、赦しでも償いでもない。
僕が、僕の足で立つための物語。
今はまだ未完成だけど。
それでも――この世界で、生きていく。
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ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
今回は、ルシアが“神天 聖人”として転生し、姉・聖良と過ごした「半年間」の物語でした。
本編では“闇に堕ちた王子”として描かれていたルシア。 けれど彼の心には、ずっと消えない葛藤と、家族への想いがありました。
転生して出会った、もう一人の「姉」――聖良。 彼女と過ごすあたたかな日常が、ルシアを少しずつ変えていきます。
この世界で出会った人たち。 愛音、リオ、そして歩美という“母”。
彼が手に入れた、かけがえのない時間。 それは、彼がかつて失ったものと、きっとつながっていたのだと思います。
次回は、「姉が消えた日」。 ふたりの絆の行方を、どうか見守っていただけたら嬉しいです。




