第10話「心の檻と囁かれた罠」
“運命”という言葉が、誰かの足枷となるなら──
その鎖を断ち切るには、どれほどの覚悟が要るのだろう。
王の冷酷な囁きと、弟王子ルシアの揺れる瞳。
動き出した陰謀の影は、静かに王都を覆い始めます。
セイラが見つけた白い花と、胸を貫いた謎の記憶──
誰かの祈りと誰かの罠が交差するとき、
アルセイラ王国に新たな嵐の兆しが――。
今宵、心に仕掛けられた“罠”が、そっと囁きを始めます。
―夜、王の私室(禁じられた書庫の奥)
壁にかかる時計の針が、静かに午前零時を告げた。
王レオファルド・グランリュードは、分厚い文書を閉じ、沈黙の中でワインを一口ふくむ。
彼の前には、黒衣を纏ったルシアが立っていた。
「……ゼノが、式を延期したと?」
「はい。兄上は、“婚約発表”を正式にしないまま、迷っているようです。」
王は目を細め、ゆるやかに椅子から立ち上がる。
その視線には、国を背負う者の冷酷な光が宿っていた。
「愚か者だ。……“選ばれし者”を手にできるチャンスを、私情でぐずつくとは。あれが“王”にふさわしいと、誰が言える?」
ルシアは黙したまま、その言葉を噛み締める。
王は重く響く足音で彼に近づき、低い声で囁いた。
「ルシア……お前には“王”としての資質がある。忠義に篤く、冷静で、何より……“運命”に縛られていない」
「……私に、何をさせたいのですか」
ルシアの瞳がわずかに揺れる。父の言葉が、胸の深いところに波紋を落とす。
「“運命の乙女”など幻想だ。我が国に混乱を招くのなら――あの娘を“処理”すればいい」
「……!」
「だが、それではゼノが動く。あの者を抑え込むには、“別の力”が要る。……ルシア、お前の中に流れる“母の血”を、そろそろ目覚めさせるときだ」
「……ゼノの“失脚”はもう避けられぬ。そのための“舞台”は整えてある」
「近く催される晩餐会――そこに、“穏やかなる毒”を添えるだけだ」
「苦しまぬ程度に。だが確実に、“選ばれし王子”としての立場は終わる。ふっふっはっはっ」
ルシアの眉がぴくりと動く。
「……兄上に……毒を?」
「そうだ。ゼノを“殺す”のだ。“神聖視された王子”という幻想を壊すのだ。弱さと迷いをさらけ出せば、民も貴族も“次代”に目を向ける。――お前に、な」
言葉の奥に、何かを知っている気配があった。
母、王妃セリーヌ――静かで口数の少ない、あの人が持っていた“力”の片鱗を、王は知っているのか。
王の手が、書棚の奥にある“封印の印”へと伸びる。そこには王家に代々伝わる禁術書――“異界の契約”が眠っていた。
現代から異世界人・セイラが来たという事実も、その存在が示す“兆し”も、レオファルドはすでに調査済みだった。
あの少女は偶然の来訪者ではない。異世界の“鍵”であり、“扉”の所在を知る唯一の存在――
王はそう確信していた。
「僕に……その血が?」
「夜が深まるほど、“真実”は姿を見せる。セリーヌの力は、“理”では測れぬものだ。お前の中にも、その芽がある。だから私は……お前を“次の王”に選びたい」
ルシアは目を伏せる。
兄の影に隠れてきた幼き日々。誰にも認められなかった劣等感。
セイラに振り向く兄、そしてリオンの姿。それらが、じわじわと彼の中の“闇”を育てていた。
――もし、この手に“力”が宿るのなら。
――兄の背ではなく、俺自身が王の頂に立つのなら。
その時、あの女の隣には……誰がいるのだろうか。
「……その力、使えるのなら……僕は……私は証明したい。兄上より、俺のほうが王にふさわしいと……もしかしたら、あの女も……兄上がいなくなるのなら、僕の妃にしてやってもいい」
王は口角をわずかに上げ、満足げにうなずいた。
「よい返事だ。ではまず、“セイラ”を……試すとしよう。真に“王妃”となる器かどうか――お前の隣に居座る資格があるのかを」
そして王は、重ねた書の裏に隠された“異界の印”を、黒い影が国王レオファルドに忍び寄る。
セリーヌの血、その封印、そしてセイラが持ち込んだ“歪み”――
それらが交わるとき、アルセイラ王国の運命は、大きく軋みを上げて動き出す。
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ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
第10話では、王とルシアの“計画”が明かされ、物語が一気に暗転へと向かい始めました。
そして、セイラの記憶に触れた“白い花”──ルアリス。
この花は、今後の鍵となるだけでなく、セイラが“何者か”であることを示す大切な伏線でもあります。
次回はついに、王宮の宴で“事件”が──
毒と疑念、そして試される心。
それぞれの想いが交差する、波乱の11話「砕けた絆、交差する運命」へと続きます。
またお会いできたら嬉しいです♡
どうか、セイラと彼らの運命を見届けてください。




