七十二話 邪魔者
一ヶ月以上も学校を休んでいたおかげで、久しぶりに白雪モードの繭奈を見ることができるようになった。
良いか悪いかは抜きにして、ジト目の繭奈を見られなかったのはほんの少しだけ寂しくもあったので、ちょっと嬉しい。
「学校に来てまで女の子とベタベタベタベタ……TPOって知ってるかしら?弁えなさい、蔵真くん」
相変わらず、教室から出ているときに出会った繭奈がそう睨んできた。やばい笑ってしまいそうだ。
そんな俺のことなど露知らず、彼女は腕を組んで不満を口にしている。
「教室は人とベタベタする場所ではないわ。そういうのは家でやって欲しいわね」
「分かった。じゃあ教室ではやらないから、終わってから冬夏と二人で家に行ってからするよ」
「!?」
少しからかってやろうと思い、そう放り込んでると、繭奈は目をかっぴらいて驚きを露にした。
「冬夏にも言っておくから、できるだけ控えるようにするね。気分を害したならごめん」
「あっ、えぇ、そっそうね……」
物凄く動揺している繭奈が、恐ろしいまでに目を泳がせながら返した。声もすごく震えており、ショックを受けていることが見てとれる。
たぶん、仲間外れにされたことがショックなのだろう。当然だが、繭奈抜きでやることはない。
彼女はそのことを失念しているようで、すっかり狼狽してしまっている。
「もっもしかして、それは二人きりでやるのかしら?だっ誰か誘ったりとか……」
「いやいや、他に相手がいないよ」
全くの嘘である。しかし、俺の答えに繭奈は真っ白になっており、力なく そう…と返してふらふらと教室に戻ろうとした。
そんな彼女の手を掴んで、ネタばらし。
「うそうそ、冗談だよ。もし冬夏も誘うなら繭奈も呼ぶって」
「えっ、ほんと?」
繭奈が顔をこちらに向けて、安心したような声を出す。彼女には悪いが、その反応があまりにも面白すぎる。
「よかったら今日、家に来てよ」
お詫びというわけじゃないが、繭奈と遊びたかったので彼女のご機嫌取りも兼ねてのお誘いをする。
嬉しそうな表情で返した彼女がとても可愛い。
「えぇ、よろこ──」
「なにやってんだよ!」
俺たちのやり取りを怒鳴って切り裂いたのは、先ほど冬夏にあしらわれたイケメンである。
鬼の形相をしていることから、言い逃れできないと思った。
「蔵真お前、笹山と付き合ってるくせに白雪をナンパしてんじゃねぇぞ!嫌がってんだろ!」
つかつかと怒ってこちらに詰め寄ってくる彼は、そう言って繭奈を引き留めていた俺の手を掴む。ブチギレられているはずなのだが、俺はといえばどこかホッとしている気持ちがあった。
もしかして俺と繭奈が付き合っているということがバレたのかと思ったが、そういうわけではないからだ。
繭奈の手を離すと、彼は俺と彼女の間に入り、射殺さんとばかりにこちらを睨み付けてくる。
「ちょっと、まだ話は終わってないの。邪魔しないでくれるかしら?」
「はぁ?何言ってんだよ、お前コイツに嫌がらせされてたんじゃないのかよ。もしかして脅され──」
「馬鹿なのかしら?」
味方をしようとした繭奈に遮られ、冷たく返されたことで、男は理解できないといった様子で固まった。彼の頭に疑問符が浮かんでいるように見えてくる。
「私と蔵真くんは同じ中学だったんだから、多少仲良くしたところで何もおかしい話はないでしょう。ホント、下らない話をわざわざさせないで。冬夏だって私たちのことよく知ってるわ、だからあなたが余計なことをしなくていいの」
繭奈はまくしたてるように、早口で言った。いつものジト目のように見えるが、それなのに強い不快感を滲ませているせいで、あまり見ていたくない目をしていた。
彼女のこんな姿を引き出すとは、よほど不愉快な思いをさせたに違いない。
「だから、その手を離しなさい。私の友達に、嫌がらせをするのはやめて」
「いっ嫌がらせってわけじゃ……っ」
ささやかな抵抗をしようとするも、繭奈の眼力に怯んでしまった男は、俺を弱々しく睨んでその手を離す。
「じゃあ、また細かい話は後でしましょう。蔵真くん」
「うん」
繭奈は俺の返事に頷いて、俺の手を握った。そこにいるイケメンは、普段から見せる余裕もすっかり剥がれ落ちており、非常に情けない雰囲気を醸し出している。
「行くわよ」
完全に邪魔者となってしまった元イケメンを無視して、繭奈は俺の手を引いて教室に向かう。
その後の周囲からの視線が気まずかったことは、わざわざいうまでもないだろう。




